73 / 143
第73話 免疫がないぞ
初めてメンバーで出かけた銀座で偶然が重なる出会いがあった。
いかに今まで誰かと出会う機会がなかったか。
「ひきこもりバンドだな。」
凍夜が自嘲めいた言葉をつぶやいた。
「ネットで何でも出来るから、ひきこもってしまうんだ。書を捨てよ街に出よう、だな。」
サブは思い切って名刺の娘に連絡してみた。
自分の連絡先を教えていなかったから。
(前回の失敗を思うと、少し怖いんだ。)
それでも、傷ついても恋がしたい。サブは決心していた。
テツはその後、キャバクラ『アンジー』に通い詰めている。
「ミクオさん、あの金貸して貰えませんか?」
事務所に直接は言いにくい。年上のミクオに頼った。キャバクラは金がかかる。
様子を知っているミクオは自分のポケットマネーから用立てた。
(金のかかる女に惚れたな。)
バンドは事務所からの給料制で、売れていないと少ない。売れても搾取は付きものだった。
「あーあ、売れるバンドを目指すか。」
不本意ながら方向が変わった。
金に無頓着なのは凍夜だけか?
凍夜は金の苦労をした事がない。愛するミコトに何でもしてやれる財力がある。ミコトは何も欲しがらない。質素な男だった。
「ミコト、予約が入ってたから待ってたよ。」
今日は久しぶりに代官山の美容室『タイニーアイアン』に来た。ヤマトの働く店だ。髪はいつもここ。
ヤマトはミコトの東京での親代わりだ。
ヤマトとタケルの前で、凍夜がミコトにプロポーズしてくれたのだった。忘れられない思い出だ。
「今日はどうする?
マッシュっぽいのでいいの?
カラーは?」
初めて来た時を思い出す。田舎から出てきて、何も知らなかったミコトを受け入れて大人にしてくれた。
ゲイのカップルのヤマトとタケルが、その素晴らしさを見せてくれた。勝手に覗いただけだけど。
何かあると帰って来いと言ってくれる。鍵をくれた。本当に親代わりだった。
「オレ、随分遠くに来たなぁって思うんだ。
数年前の事なのに。ありがと、ヤマト。」
ともだちにシェアしよう!