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第84話 『アンジー』と『ディアボラ』

 ナザレは憂鬱だった。テツに付き合ってください、と言われた。正直言って迷惑だ。 「悪いけど、あまりタイプではないな。」  キャバ嬢だからと言って男に緩い訳ではない。 『アンジー』は固い店だから、安心して働いている。京子ママが厳しく客を選んでいるから、嫌な思いをした事はない。  もう伝説になる程のイケメンホストだった凍夜。彼は別格だけど、ナザレは憧れていた。 「もう、眺めてるだけでいいのよ。 顔が見られた日は眼福眼福。拝みたいくらい。」  でも、あの日、女誑しの凍夜に誘われたけど、行かなかった。あっさりと誘いは終わって、死ぬほど後悔した。二度目はなかった。  みんな、『アンジー』の娘は、凍夜と寝たことがステータスになっていた。  マリアが凍夜に夢中なのをかくさない。ナザレは凍夜をねらってない、と安心して仲良くしてくれる。マリアは『アンジー』のナンバーワンだから、仲良くして損はない。 (テツって凍夜のバンドのメンバーだから、愛想よく接したら、勘違いされた?  付き合うって何?テツはいい人っぽいけど、ドキドキしない。凍夜を見てると身体中の血が沸騰する。) 「ねえ、聞いた? 『ディアボラ』に新人が入ったって! 凍夜のバンドの人。」 「誰?」 「ベースのテツって言ってた。 この前、ライブやってたよね。 凍夜の陰で目立たないけど、意外とイケてる。」 「新人って言ってたけど、ホントにホストやるの?」 「そうよ、一回オフの時に行ってみようかな。 新人だから、ご指名喜んでくれるよ。  ナザレも行こう。」 みんなが一緒に休める事はない。 「私は、いいよ。あいつまた、誤解する。」 (ちょっと優しくするとその気になられるの、困るんだよね。)  テツは『ディアボラ』で初めての経験をしている。イメージが違った。  大声で「呑んで呑んで呑んで!」なんて騒ぐのはない。上品な客層に驚いた。  みんな年令が大分上だ。母親?もしかするとおばあちゃん?  落ち着いたお客様は無茶な要求はしない。 ミコトの席にヘルプに入った。 「新人のテツ君です。 オレ、ちょっと席外すけど、たのむね。」 何を話していいのかわからない。超緊張しているテツは思い切って音楽の話を振ってみた。 「俺、バンドやってるんです。ロックとかお好きですか?」 「ああ、大好きよ。古い感じの70年代のロック。」

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