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第85話 テツ、ホスト初仕事。

 そんな年ではないだろう。 「70年代には、生まれていなかったのでは?」 というと喜んでくれた。 「誰がお好きですか?」 「やっぱりデレク&ドミノス。クラプトンよ。 愛しのレイラ、名曲よね。」 「ああ、いいですね。最初のフレーズが劇的で思わずその世界観に引き摺り込まれる。」 「あなた、テツ君、いいわね。 楽器は何やってるの?」 「エレキベースです。」 「ジャック・ブルース!」 同時に叫んだ。 思いがけず意気投合して高い酒を入れてくれた。  ミコトが席に戻ってきた。 「ただいまぁ。マダムヒロコ、お待たせしました。」 「いいのよ、話がはずんでたのよ。」  凍夜の客だったマダムヒロコがミコトを指名するようになっていた。  もう80才のマダムヒロコは、世界的文豪の旦那とロンドンに住んでいた事もある。  本場のロックを間近で見て来た。あの時代の空気を肌で知っている。その話は興味深い。 「凄い、お客さんがいるんだ。」 マダムが帰ってからも感心しきりだ。  この所、サブはあの名刺の娘とメールのやり取りをしていた。  名刺には「佐藤あゆむ」と書いてあった。そしてメールアドレス。  それ以外の情報はない。手作りっぽい名刺には可愛いイラストがついている。パソコンで作ったのだろう。年令不詳。 「あゆむさん、会いたいな。 ウチに遊びに来る?」  誘ってみた。以前の夢ちゃんの事があるので警戒しながらも、もう少しお互いの距離を縮めたい。  何度目かのやりとりで、ようやく心を開いてくれたようだ。 「じゃあ、行ってみようかな。」 「電車でくるなら、六本木かなぁ?」  駅まで迎えに行く事になった。サブは車を持っていない。歩くには結構距離がある。  スタジオにいたキースに声をかけた。 「いいよ、僕のアウディで行こう。」  六本木、地下からの出口の番号を伝えてある。 手を振っている可愛い娘を見つけた。 「スマホって便利だな。こんなピンポイントで会えるんだから。」 「こんにちは、あゆむです。」 「乗って乗って。ここ駐停車禁止だから。」

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