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第102話 凍夜

 今日はミコトを迎えに来たタイミングで、同じビルにある『アンジー』のナザレと偶然出会った。 「凍夜、久しぶり。お迎えに来たの?」  恋人のミコトをいつも迎えに来るのは周知の事実だった。 「いいなぁ、私も凍夜に迎えに来てもらいたい。」 本気の顔で言った。  凍夜はいつ見ても完璧なその瞳で笑いかけてくれる。 (綺麗な男。) 「ナザレはいい娘だから、送りたい客がたくさんいるだろ。」 「ううん、今日は気が乗らないからアフターは全部断った。凍夜に会えるなんて運命を感じるわ。 ホントにいい娘だと思う?  じゃあ、このままどこかへ連れて行って。」  凍夜の首に腕を絡めて甘く囁く。 そこにミコトからメールが入った。 ー今夜はレオンのお客さんとアフターに行くから先に帰って。傑さんの『バー高任』に行くよ。ー  凍夜はそれを見て、少しだけナザレとどこかに行くのも悪くない、と考えた。 「ナザレ、俺と遊ぶ?」 「本当?」  夢か、と思った。降って湧いたお誘い。やっぱり運命を感じる。 「ホテルはダメ?」 「ダメだよ。俺はもうミコト以外を抱かないんだ。酒を飲もう。」  腕を組んでナザレは有頂天だ。 バー『テン・ノット・クラブ』 代官山の洒落たバーは、タケルの店だった。凍夜も何度か来た事がある。ヤマトとタケルはミコトの親代わりだ。  その店を選んだのは自分への戒めだった。 「いらっしゃい。」 「タケルさん、お久しぶりです。 今夜はミコトがアフターで『バー高任』に行ったので俺はこちらにお邪魔しました。」  ナザレは幸せそうだ。隣にいるだけでいいのだろう。 「何か、カクテル頼めば? 俺はギムレットをお願いします。」 「私はマルガリータにする。」  凍夜が一息にギムレットを飲み干した。 ジンが4分の3入った強めのカクテル。車はディアボラの駐車場に置いてきた。 「お代わりください。」 「そんな飲み方で大丈夫?」 「今夜は飲みたい気分なんだよ。 いつも一緒ってのも気が滅入る。」  ミコトの父親のような気持ちのタケルは心配になった。  ナザレはこんな、漁夫の利、みたいなのは嫌だと思った。  ナザレには、今まで、この勘のようなものが、水商売を続けて来た自分の身を守った。 「凍夜、私、当て馬は嫌だ。何かあった?」

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