103 / 143
第103話 油断
凍夜はこの所、自分でも抑えきれない苛立ち(いらだち)がある。
いつでもヒーローだった。手に入らないものはない。物も人も。
誰もが凍夜の才能に魅了される。
凍夜の性格の悪さにめげない、ミコトの強さが凍夜を救っていた。
誰もが魅了される凍夜の魅力の裏で、自分勝手な、人間的な暖かさに欠ける凍夜を、まともな世界に繋ぎ止めておいてくれる存在。
「俺は心が凍てついてんだよ。
カッコつけて凍りついてんの。」
「私に温めさせて。」
手を握って離さないナザレに、心の中で警鐘が鳴り響く。
「タクシー呼ぶから『バー高任』に行きなよ。」
タケルさんがタイミングよく言った。
「あ、『高任』にミコトがいるんだ。
ナザレも一緒に行くかい?」
(連れて行くのは可哀想だろ。)
そう思いながら、タクシーを呼んだ。
『バー高任』にはミコトの他にテツもいた。そしてレオンとあのグレースがいた。
テツの胸に一瞬緊張が走る。
「ナザレも一緒だったんだ。」
「どうも。あら、ナンバーワンのレオンもいる。
ああ、ここはレオンのダーリンのお店ね。
初めまして、ナザレです。」
グレースが
「ナザレ?ナザレのイエス?」
と言って驚いている。
「彫り師のグレースだよ。
レオンのタトゥーを彫った人。
占い師でもあるんだ。誰か占ってもらったら。」
傑が声をかける。ナザレが
「うちの店はみんな聖書から取った源氏名を使うのよ。ナンバーワンは当然マリア。
あと、ヨハネとか、パウロとか、ノアとかルカとか、色々いるわよ。店の名前がアンジー、天使だから。」
「そして姉妹店のディアボラは悪魔だ。」
凍夜が付け足す。グレースが納得した。
「所でテツくん、さっきの話は大体わかったよ。
あなたはあまり幸せな恋は無いわね。
運命は自分で引き寄せるもの。」
「えっ?なになに?気になるなぁ。」
ナザレがテツに聞く。テツは苦笑い。
凍夜はミコトの肩を抱いて
「そろそろ帰ろう。もうずいぶん遅いよ。」
グレースも帰るという。広尾だったら同じだから
凍夜とミコトが送って行くことになった。
「テツはナザレを送っていきなさい。」
と、グレースが言葉を残して行った。
「!」
テツは焦った。
ともだちにシェアしよう!