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第104話 テツ

「ナザレ、どこに住んでるの?送ってくよ。」 「ええ、恵比寿だけど。 タクシー呼んでもらえば一人で帰れる。」 (断られた。グレースに言われたのに。) 「テツ、もうひと押しだ。」 「なんか、みんなで下心アリアリなんだけど。」 タクシーが来た。テツがナザレの腕を取って 「送るから!行こう。」 強引に連れ出す。 タクシーに乗って行き先を告げる。 「せっかくだからお茶でも飲んでく?」  女の子の部屋だ。綺麗に片付いている。 テツはこういう事に慣れていない。いかにもホストっぽいスーツを着ていても初心(うぶ’)な男だった。 「紅茶でいい?お砂糖は?」 お茶を溢さないようにナザレを抱き寄せた。 「この状況は俺を誘ってる?」 「バカね、私を抱きたいの?」  ナザレは凍夜に火をつけられたようで、誰かに抱かれたくなっている。 (愛じゃないのよ。身体が熱いだけ。 それが悲しい。)  テツにナザレの悲しさがわかるだろうか。 テツは女の扱いにも慣れてきたと思っていたが、こんな時は焦る。  優しくくちづける。心をこめて。 (グレースはなんて言ってたっけ。 運命は自分で引き寄せる、とかなんとか。) 「ナザレ、俺と結婚してくれ!」 「ん?ぅぷっ、何それ?笑っちゃう。 セックスしよう。変な事言わないで。」 「変な事じゃない。ずっと好きだった。 俺だけのものにしたかった。笑うなよ。」  熱い一夜を過ごした。 翌朝、まともにナザレの顔を見られない。 「おはよう。 テツって激しいのね。起きるのが辛いわ。」 テツは彼女の腕を掴んで 「俺は本気だ。結婚してくれ。」 「もう、いいよ。 キャバ嬢に本気になってはダメよ。」 (どうしたら、いいんだ。)  夜になった。ディアボラに出勤する。ホストの時間。ナザレはアンジーに出勤しただろうか。  仕事が手につかない。 レオンが来た。珍しく早い時間だ。 「おはよう、テツ、大丈夫? グレースから伝言。」  メモにはギニアのまじないが書かれていた。 「恋愛成就のおまじないだって。 肘の内側に書いておくんだって。  油性マジックを持って来たから、僕が書いてあげるよ。」

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