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第105話 恋のおまじない

 まじないは呪いと書く。同じ事なのか。 愛ほど歪んだ呪いはないよ、と主人公が言うお話がある。真理のセリフだ。 「ホントはここにタトゥーを入れるんだって。 でも、そんな時間がないからマジックで書くね。」  レオンが真面目な顔で書いてくれた。レオンの綺麗な顔にドキドキする。 「これで好きな人に想いが通じるんだって。」  初めてナザレと結ばれてから、もうナザレしか頭にない。ミコトへの思いはどこかに行ってしまった。恋愛のご都合主義。 「テツ、なんだか、ぼぅっとしてるね。大丈夫?」 「ミコト、恋に落ちた事ある?」 お客さんの前で変な事を聞いてしまった。 「あら、意味深なお話ししてるのね。」 いつも来てくれるタイニーアイアンのスタッフの女性たちが賑やかに入ってきた。  タイニーアイアンは代官山の人気美容室だ。 ヤマトがスタイリストをやっている店だ。ミコトを指名してくれる。あのドラァグクイーンの小鉄さんが経営している、中々予約の取れない店。 「なんだかミコトは可愛くなったね。 凍夜と幸せなんだね。」 「テツの事は知ってるよね。 凍夜のバンドのベースマン。」 「うん、カッコいい。バンド忙しくないの?」 賑やかに夜は過ぎていく。 「テツは彼女いないの?ノンケ? 私、立候補しちゃおうかな。」  美人揃いの美容室のスタッフにテツは押され気味だ。 「で、誰が恋に落ちたって?」 「私も落ちてみたいわ。全てを捨てて恋をしたい。明日のお客さんの予約も捨てて!」 「あっ、チークタイム。ミコト踊って。」  フロアに甘い曲が流れている。テツもフロアに引っ張られた。なんとか優しくリードする。  ホストになった時、円城寺に叩き込まれたセクシーなチークダンス。  肩を抱いて頬を寄せて踊りながら、ナザレを思った。  踊っている美容師の人も、夢見るように抱かれて体を揺らしている。曲が終わった。 「ありがとう、テツくんがセクシーで、私恋に落ちそう。いい匂いがするわ。」  お客さんに喜ばれて、あのレオンの書いてくれたおまじないのおかげか、と考えた。

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