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第106話 結婚

 テツはナザレにプロポーズした。 頭がおかしくなったのか。とっさの思い付きで口走った事が自分を縛る。  テツはただ寂しかっただけだ。寂しさを愛と錯覚する。よくある事だ。  ディアボラの営業時間が終わった。アフターの誘いがなければまっすぐ帰る。  ミコトには凍夜が迎えに来ている。スタジオに寄ることもあるが、テツは今夜は疲れていた。 「テツ、セッションやるか?」 凍夜に誘われたが、断った。スタジオに寄るのなら同じビルの一階と三階なので送ってもらう。  エレベーターの前で別れる。鍵を出してドアを開ける。一人暮らしも慣れたものだが、このドアを開けて、真っ暗な室内の灯りをつける時はいつも寂しい。スーツを乱暴に脱ぎ捨ててソファに倒れ込む。  姿見に写る自分を見てため息が出る。寂しい男が鏡に写っている。   テツは自覚がないがかなりのイケメンだ。 高校時代、軽音部で追っかけがいたのも頷ける。だが、誰とも付き合わなかった。  ずっと一人だった。特定の恋人は作らなかった。ベースが恋人だった。ベースマンは孤独な職人だ。  ナザレを抱いたのが昨日の事だったなんて。 もう、ずいぶん前の出来事のようだ。 「あ、ああ。」  思わず声が出る。 自分がわからない。肘の内側に何かの文字が見えた。レオンが書いてくれたものだ。  シャワーで消えるだろう。風呂に入った。 シャツを脱ぐ時、ナザレの匂いがしたような気がした。香水?シャネルの19番。 「気のせいだ。」 ゴシゴシ洗ったのにまじないは消えなかった。 「ホントに呪いだな。」 急いで着替えた。疲れているはずなのに、お気に入りのスーツに着替える。  タクシーを捕まえて恵比寿に向かった。 来てしまった。ナザレのマンション。 (帰ってないかもしれない。 アフターだってあるだろうし、 彼氏が来ているかもしれない。  簡単に男と寝るキャバ嬢なんだ。)  部屋の灯りは点いていない。まだ帰っていないのか。  そこにタクシーが来た。 ナザレが降りて来た。客がしつこくついて来る。 「ナザレ、今夜は俺のモノになれよ。」 「やめて。私は誰のものにもならないの。 送ってくれるだけって言ったでしょ。」  客の男はナザレの肩を抱いて離さない。 「離して!」 テツが駆け寄って男の胸ぐらを掴んで投げ飛ばした。 「俺の女に手を出すな!」 「テツっ?」

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