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第113話 秘密
ジヌは隠し事が多い。テツも感じていた。
必要以上の事を詮索するのはよそう。
「テツ、これ。」
封筒を渡された。封が切られて、中から札が見える。
「金か?まだいいのに。」
凄く嬉しそうな顔を見ると受け取らない訳に行かなくなった。
「2枚だけもらうよ。」
札を2枚抜いた。
「新人にしては頑張ったんだな。」
「テツのお客さんが場内指名してくれるから。」
マダムヒロコがちょくちょく来てくれる。ジヌが気に入ってくれたのか。売り上げも大きい。
いつも高いシャンパンを卸してくれる。
ジヌの嬉しそうな顔が心に残る。
円城寺からは睨まれる。勝手な事をして、住まいまで見つけてしまった。
ある日スタジオに上がって行ったら、一人ピアノを弾いているジヌを見つけた。
ベースを抱えてスタジオに入ろうとしてためらった。
真剣にショパンを弾いている。難しい解釈で有名な上級者向けの楽譜だ。ソウルから持って来たんだろう、ハングルが書かれている。
乙女の祈り、を流れるように弾いている。その真剣な眼差しに心を鷲掴みにされた。
そっと、ドアを開けて入ると、ジヌが涙を拭いた。見てはいけないものを見たような気がした。
「ボクのピアノの先生を思い出してしまいました。恥ずかしい。」
「ピアノ、素晴らしかった。」
ベースをアンプに繋ぎながら言った。
(俺は見てないよ。)
「ホームシックか?帰りたくなった?」
テツはホームシックなんて理解できない。
家は東京だ。近いけれど帰りたいなんて思った事はない。外国から来てると寂しいものか?
低いベースのリズムを刻む。
「ベース、カッコいいね。
有名なフレーズがあるでしょ。」
「ああ、これか。」
よく聞く曲のパートを弾いた。
しばらく思い思いの音を出していたが、いつの間にか知ってる曲になった。
「いいね、以心伝心?」
「それ日本のことわざ?」
「そんなたいそうなものじゃないよ。
テレパシーかな。」
「ボク、恋人がいたの。ピアノの先生。
小さい時から習ってた。」
ピアノの先生は初めは音楽大学の学生で、ピアノを教えるアルバイトをしていたそうだ。卒業してピアノ教諭になっても、ジヌに教えに来てくれていた。
そして成長したジヌと恋に落ちた。でも周りに大反対されたそうだ。
「綺麗な人だったの?美人?」
「先生は、男だったの。」
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