114 / 143
第114話 誰にも言わない
まだまだ大人は保守的だ。ジヌの国は特にそうかもしれない。
ピアノの先生は一方的に責められた。家の恥だと親戚中に責められたらしい。
音大を出て、念願のピアノ教師になれたのに。それまでずっとジヌを大切にしてくれた。
「責められるような事は何も無かったんだ。
手も握っていない。ただ想いだけが溢れていた。」
ジヌは綺麗な涙を流した。
「この国にも偏見を持っている人は多いよ。
でも、愛する人に出会ってしまったら、他者がどうにかする事は出来ない。
そんな権利もない。」
テツは自分のそんな考えを話した。
『凍てついた夜』には同性のカップルがいる。
キースとミクオはカムアウトしている。凍夜とミコトも可愛いカップルだ。可愛いなんて言ったら、凍夜に殴られるかな。
それ以来、ジヌの顔を見るのがつらい。いつも一緒にいる時間が多すぎる。意識しないで暮らせない。
(でも、いつかジヌは国に帰るのだろう。
また、ピアノの先生の元にいくのだ。
心に彼を抱いている。
いつでも愛し合うことの出来る距離。
待っていてくれるのだろう。)
「おはよう、テツ、朝ご飯作ったよ。
ボクの部屋に食べにおいで。」
屈託の無い笑顔で誘う。
「チヂミ、焼いたんだ。
暖かい内にどうぞ。」
「うん、美味い。このタレが絶品だ。」
食べるテツをニコニコして見ている。
仕事で酒を飲んだ夜は、欲望に負けそうになる。バンドのメンバーは気付いているようだ。
切ないテツの気持ちに。
(いつも近過ぎるんだ。一緒にいる時間が長いからお互いしか見えなくなってる。
少し距離を置きたい。)
「ハイ、ジヌは元気ないねぇ。どうした?」
マダムヒロコが心配してくれる。
あれ以来、ジヌの太客だ。義理堅くミコトとテツも指名してくれるが、ジヌに会いに通ってくる頻度が増えた。
「若い子を育てるのも年寄りの務めでしょ。」
「ありがとうございます。
ボク歌を歌います。」
ディアボラは週末にはビッグバンドが入る。ベテランのバンドメンバーは、昔ながらのラテンミュージックが得意だ。この頃、ジヌも歌わせてもらえるようになった。
ともだちにシェアしよう!