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第117話 帰る場所

 今でもジヌは、国に帰ると先生が待っていてくれると思ってしまう。だから帰るのが怖い。  国に帰れば、先生がいない現実を目の当たりにする。 「東京にいて、先生は帰ればあそこにいる、って思っていたい。現実を見たくない。  誰か、魔法を使って先生を生き返らせて。」  テツは、話を聞いて魔法使いが一人いる、と思った。レオンに頼んでみる。 「グレースは、死んだ人を甦らせる事が出来そうだよね。」 「テツ、頭は大丈夫か?」  荒唐無稽な事を言っているのはわかる。恐山のイタコに口寄せをしてもらおうか、と思ったほどだ。『バー高任』のマスターに頼んでグレースに 連絡を取ってもらう。  仕事が終わってジヌとテツは、『バー高任』に来た。グレースが待っていた。 「ハイ、テツ。おもしろいこと言ってるんだって?」 ジヌを紹介した。簡潔に亡くなったジヌの想い人の事を話した。 「アハハ、いくらアタシだって死んだ人を連れて来るのは無理だ。イタコじゃあるまいし。」  でも何か大きな布に包まれた物を広げた。布の中には何か燃やした灰と骨のような物が入っている。 「太占神事(ふとまにしんじ)だよ。 鹿の骨を焼いて占う。 魂を呼び寄せる事はできないが、 これからのことを占う。」  厳かな顔でグレースが占いを始めた。 「人が死んだらどこに行くか知ってるか? その人が愛したものの所へ行くんだ。  その先生は、ピアノとジヌの所にいるよ。 ずっとじゃないけど、気が済むまでそばにいるって。今までジヌの傍らにいて、幸せを願っているんだと、ここに出た。」  ジヌは泣いている。するとグレースの口調が変わった。 「ジヌ、可愛いジヌ。 一度でいいからこの手で抱きしめたかった。 くちづけをしたかった。 ジヌ、愛してるよ、サランヘヨ。 幸せになって欲しい。 私の代わりにジヌを愛して抱きしめて、その心を温めてくれる人が見つかりますように。  私は虹の橋で幸せに待ってるよ。」 「先生の話し方だ。 グレースは先生を知らないのに!」  思わずグレースの膝に抱きついた。優しく背中をさすってなだめられた。 「そばに来てるんだよ。降ろしちゃったな。  無事に帰ってくれよ。」 グレースの顔に疲労の色が見える。 「お疲れ様、グレース。」

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