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第118夢を見た
帰って来た。テツはジヌを一人にするのが不安で部屋に誘った。
泣き腫らした顔で無理に笑うジヌが愛しい。
「疲れたろ。一人の方がいいか?」
「ううん、テツがいてくれて良かった。さっきまで先生がそばにいてくれた。確かに先生だった。
大事にしてたペットのジョンスが死んで虹の橋で待っててくれるから、自分も虹の橋に行くって、ジヌの事もずっと先に虹の橋で待ってるって言ってた。虹の橋で待ってるなんて先生以外言わない。凄く寂しい。
もう会えないってわかってしまった。」
テツは手を伸ばせば届くのになぜか、ためらってしまう。緊張して肩に力が入る。
テツは独自に解釈していた。グレースの並外れた感受性がジヌの振る舞いから、亡くなった先生を作り出す。ジヌの言葉から実態に近い存在を導き出す。先生になりきって、あたかも先生が憑依したかのように。
ジヌの望む言葉を紡ぐ。まるで生きて会話をするように。
鋭い感受性がさせる技だ。
(やっぱり、グレースは魔法使いだ。
心優しい魔女。)
「今日は一緒に寝ていい?」
狭いシングルベッドに二人で眠った。肩を抱いて、ベッドから落ちないように。
それ以上ではない。それ以下でもない。
テツは満ち足りた思いでジヌを抱きしめた。
「おはよう。テツ、狭く無かった?」
「大丈夫。ジヌは暖かかった。」
ジヌは自分の部屋に帰って行った。
自分の部屋で、机の上の写真立てに写る、ピアノを弾いている先生を見た。
「先生無しで生きるよ。」
先生はカトリックだったから、同性愛は神の教えに背く、と考えていた。自死だって教えに背く事だ。
信仰が彼に死を選ばせた,とは思いたくない。
(ボクは同性愛がいけない事だと思えない。
なぜか、好きになる人が男だった。)
グレースのくれた時間は、夢のようだった。
先生の息遣いまで感じられた
それを胸に生きる。
スタジオでピアノを弾く。
別れの曲。先生に捧げる。一心不乱にピアノに没頭した。
拍手が聞こえる。キースとミクオがいた。
「いいね。
この曲から入る新曲を思いついたよ。
途中で盛り上がる所があるでしょ。
鍵盤を叩きつけるようなスタッカートの。
あそこを生かしてロックに仕上げよう。」
「初めはジヌのピアノだけで静かに始まる。
イメージが湧いて来たよ。
凍夜に聞かせたい。」
日曜の夜、みんなに召集がかかった。
こうしてジヌが『凍てついた夜』のメンバーになった。
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