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マコちゃんはムードを大事にする人で、普段は入ってきちゃダメと言う部屋に、こういう時だけは入れてくれる。 そこはマコちゃんの仕事場であり寝室。デスクに置かれたカッコいいパソコンと難しそうな背表紙で埋められた本棚、いつ見てもきちんと整えられているセミダブルサイズのベッド、作り付けのクローゼットで構成された、一見シンプルな部屋。フローリングの上には毛足長めのラグ、遮光性の高いカーテンまで、忙しそうにカラフルなメモが貼られたコルクボードを除けばモノトーンでまとめられた"デキる男の部屋"。毎朝のように色んな部屋で寝起きしているけど、マコちゃんの部屋はその辺の女の人と違う。 そんな落ち着いた空間の中に一枚だけ、ブーメランパンツを穿いたマッチョなイケメン外国人のポスターが飾ってある。パソコンに取り付けられたカメラからは見えないけれど、ベッドからはしっかりと見える位置。彫りの深い青い目と白い歯、不自然なくらいツヤツヤの日焼けした肌。憎らしいほど爽やかなキメ顔を初めて見た時は大笑いしてしまったが、マコちゃん曰く初恋の人らしい。ポスターの年季の入りようから、かなり古い作品だという事は予想できて、まだいまいち踏み込めないマコちゃんの過去を垣間見た気がした。 ベッドの脇に置かれたサイドテーブルには良い匂いのするアロマキャンドルが灯してあるのだけれど、こういう機会の度に焚かれる匂いなので、部屋に入るだけで反応するようになってしまっていた。 引き締まっているとは言え自分より体格の良い男の人を抱く、というのは、初めの頃は勿論どうしたら良いのか分からずテンパってしまった。でも今となっては、当たり前の事になっている。慣れっていうのは不思議なものだ。 エッチをする過程で気付いたのは、長い手足を持て余しているのも、少し苦しそうにしつつ受け入れているのも、ぜんぶ相手の方だということ。ただ女の人とするのとあまり変わりなくやっていれば良いと分かってからは、好きなようにさせてもらっていた。 「んんっ!」 顔を真っ赤にしたマコちゃんが呻く。背中に食い込んでくる爪の力がギュッと強くなって、自分では見えない場所に、また傷が増えたのを自覚する。気にしたって仕方ないし、色んな相手と寝るから背中の痛みは取れないどころか、常にある状態なので、それにももう慣れっこだ。 特に深爪が刺さるほど食い込ませてくるのは、それだけマコちゃんがキモチイイって思ってくれてるからなんだろう。そう思うとやめてとも言えないし、むしろ嬉しいとさえ思ってしまう。 「マコちゃんっ、マコちゃんっ…!」 左腕でマコちゃんの広い肩幅を抱き寄せると、はあはあというマコちゃんの湿った息遣いが近付いて、耳まで熱くなる。 今朝まで寝てた女の人とは、昨日の夜にエッチしてる時も名前は呼べていなかったと思う。だって忘れてしまったから。でもマコちゃんの名前は忘れない。忘れられる気がしない。 ぐぐっと腰を深く入れると、マコちゃんがびくびくと震える。堪えるように下唇を噛んで、泣きそうな表情を浮かべているのを横目に見ていたら、胸が締め付けられる。もっともっと、キモチよくしてあげたくなる。 もちろん自分がキモチよくなりたいからマコちゃんにお膳立てしてもらってるんだけど、どうせならマコちゃんのこともキモチよくしてあげたい。 いつまでも続く粘っこい抵抗に逆らって腰を動かしながら、マコちゃんの耳を舐めた。形に沿ってレロッと舐め上げるだけで、あっ、と声を漏らしてしまうほど弱い。それを知っているから、片手でマコちゃんの頭を支えるようにして引き寄せ、むしゃぶりつく。ベチャベチャになるほど舐めたり、吸い付いたり、たまに歯を宛てたりすればどこもかしこも汗だくで、しょっぱい味がする。鼻はとっくにマコちゃんのシャンプーの匂いで塞がれている。五感の全部がマコちゃんで埋め尽くされる。 「ひ、や、あっ、あっ!」 面白いくらいに、普段は低めの声が裏返って、もうどうしようもないという風にすがり付いてきた。肩に目元を埋めて、甘えるようにされる。朝は抱き締められていたのに、夜はこうして抱き締める方に回れている。ぞくぞくする。 毎晩のように飲み歩いて、知らない人と寝ても満たされない心の何処か。そんな部分が少しは満たされる気がして、思わずニヤニヤしてしまう。 背中に回した腕だけじゃなく、長い脚まで腰に絡み付かせてくる。ぐっぐと深い所に導かれて、もうイきたいんだって訴えてくる。 「待って、もうちょっと…」 せり上がってくるのをギリギリのところで我慢しながら、一旦動きを止めて、マコちゃんの腕と脚を引き剥がさせる。鍛えられているのに、太すぎず、無駄だけが無いような弾力。 はっはっと上がった息の間に、眉を八の字にしたマコちゃんが潤んだ目でねだってくる。 「ね、お願い、焦らさないで?」 滅多に見せないとろけた表情と、余裕を失った声色に、こめかみをガツンと殴られたような感覚になる。 視界のあちこちが光って、目眩がする。焦らそうとしても、こっちのガマンがもたない。 出したい。 マコちゃんの膝の裏に手を入れ、胸に押し付けるようにする。そうすると自然と腰が浮き上がってくるので、ベッドの上で中腰になる。お互いに、すごくカッコ悪い体勢。 暗い中で視線が合って、意図を察したマコちゃんが目を見開くのが見えた。そのまま、真上から叩き込む。 「あ!あっ!ダメぇ…!」 ズンズンと深く付き込まれながら頭を振って、長い腕を組むようにして、顔を隠してしまう。 マコちゃんが恥ずかしがるのは分かっている。だからこの体勢にしたのだ。 普段はクールで、何でもスマートにこなせちゃうようなマコちゃんだから、こういう時にしか見せない顔というのも当然持っていて。それが堪らなく興奮するんだ。 マコちゃんと初めてエッチしたのは、この家に転がり込んで一週間くらい経った頃。 当時、隣の部屋に住んでいた人はうるさかった。夜中だというのに言葉にならない声を上げ始めて、ドンドンという音が響いて、一階だから階下に住人は居ないが、それは隣でも充分に迷惑だった。 寝付けなくて、イライラして、文句を言いに行ったのだ。泊めてもらっている身だったが、すっかりここの住人になった意識から、引き止めるマコちゃんを振り切って。 寝巻きで外に出、ドアをガンガンと叩いた。出てきたのは中年の男の人で、明らかに様子がおかしかった。夏だというのに毛玉だらけのセーターを着て、血走った目を見開いて、口からはヨダレを垂らしていた。ああ、クスリか、と一目で分かった。おまけに開いたドアからはゴミだらけの部屋が見えて、生ゴミの臭いがむわっと広がってきた。 後でマコちゃんに聞いたところでは、最近姿を見ていなかったらしい。時々夜中に奇声を上げたり、暴れるような音がするので、部屋に居るのは分かっていた。他人にあまり干渉しない主義のマコちゃんは、敢えて気にしないふりを貫いていたのだ。 関わり合いになりたくないと言っていたマコちゃんだったが、心配になって出てきてしまったらしい。 向こうが先に手を出してきたという理由で掴み合いになっているのを見て、流石のマコちゃんも少し驚いていた。結局マコちゃんが警察を呼んで、パトカーが来るまでの間、男の人に馬乗りになって取り押さえていた。 男の人はパトカーに乗せられ、事情を聞きに来た警察への対応もマコちゃんがした。 その頃には騒ぎを聞き付けた別の部屋や近所の人がマンションの入り口に集まってきていて、先に部屋に戻っているように言われて従ったが、自分だけが寝られる筈もなく、落ち着かなかった。 不覚にも顔を一発殴られていて、痛みは無かったけど腫れるのが嫌で、氷水を作ってそこに宛てながら、ただソファーに横になっていた。 30分くらい経ってようやく、マコちゃんが戻ってきた。ひどく疲れた顔をしているのが珍しくて、思わずじっと目で追ってしまった。マコちゃんはいつも余裕のある人だと思っていたから。 冷やしていた部分は感覚が無くなるほどになって、氷の方は溶けてぬるい水になっていた。そうしているのを見るなりマコちゃんは血相を変えて、 「ちょっと!ケガしてるじゃない!」 そう言いながらソファーに駆け寄ってきて、そっと水の入った袋を退けさせた。殴られた部分を見て、やだぁ〜と口元を覆うくらいなら、わざわざ見なければいいのにと思った。 「だから言ったのよ、もう。」 マコちゃんは手際よく新しい氷水を作って、持ってきてくれた。受け取って、ぬるくなった水の袋を渡しながら、 「でも、これでゆっくり寝られるじゃん。」 なんて呑気なことを言ってみた。 だって、事実だから。お陰でマンションに平穏が訪れたのだ。犯罪者の逮捕にも一役買って、ちょっとした英雄気分だったのかも知れない。 けれどマコちゃんは珍しく怖い顔になって声を荒らげた。 「困るのよ!!」 初めて見るマコちゃんのそんな態度と、聞いた事もない大声に面食らってしまった。ビクッと体が跳ねて、何も言い返せないくらい。 「勝手にこんな事されちゃ、困るのよ…」 どうしてマコちゃんが怒っているのか、考えなくちゃいけなかった。制止を振り切って出て行った事、夜中に自分の住むマンションで殴り合いの騒ぎを起こした事、警察を呼ぶほどの事態になってしまって、それを近所の人に見られた事、その対応を全てマコちゃんにやらせた事。どうやら迷惑を掛けてしまって、謝らないといけない事も沢山あるみたいだった。 「ご、ごめんね?」 一応謝りながら、もうここに置いてもらえないかも知れない、と思った。自分がしたいようにしただけなのに、やっぱり上手くいかないもんだなぁって、大学を辞めて親と喧嘩して家を飛び出してきたばかりだったからますます身に染みて。 でも、マコちゃんが怒っている理由は、迷惑を掛けたからじゃなかったらしい。ソファーで仰向けになっている顔を覗き込んできた。 「何で私が怒ってるか、分かってないでしょ?」 全部お見通しなんだ、とその時に思った。マコちゃんを相手に隠し事なんてできないし、嘘なんかも吐けないんだって。 黙っていると、マコちゃんは呆れたようにがくんと首を落として、溜め息を一つ。 「アンタが心配よ、私…」 小さく呟くように言って、前髪をかき上げた。セーターを着るほどではない夏。額が汗で濡れているのは、それだけの所為じゃなさそうで。 迷惑じゃなく、心配を掛けた事を、面と向かって誰かが怒ってくれる。そんな経験は今までに無かった。将来の為を思ってなんて名目で説教された事はあっても、他の感情のエネルギーを変換した怒りをぶつけられた事はあっても。 「アンタが傷付いたら、私が困るのよ。」 自分の心配をしてくれる声は優しくなっていき、ソファーに寝そべった高さに目線を合わせてくれていた。 「分かった?」 そう訊ねてきた調子はすごくすごく優しくて。 「はい、ごめんなさい。」 心の底から、素直に謝る事ができた。 するとマコちゃんはようやく眉間から力を抜いてくれて、いつもの優しいマコちゃんに戻った。 「いい子ね。」 そう言って、汗を拭ったのとは反対の手で、氷水を持った手をするりと撫でてきた。内側のひんやりとした感触と、それをすっぽりと包み込んでしまうような、温かくてしっかりとした男の人の手。指が長くて爪の切り揃ったそれは、視界の端に映るだけで思わず目で追ってしまうほど綺麗な形だ。触れられても全然嫌じゃなくて、むしろもっと触られたいって感じるくらい。 「いい子かな?」 マコちゃんの目を見て聞き返すと、マコちゃんも目を逸らさずに返してくれる。 「いい子よ、だってちゃんとごめんなさいできたもの。」 「そんなの。ガキじゃないんだけど…」 子供扱いされて小っ恥ずかしい気持ちと、誰かから素行を褒められて嬉しい気持ちが半々。それから、褒められて嬉しい気持ちが勝って、もっと褒められたいなんて思った。 けれどそんなに上手くはいかない。 「でも、やっぱり止めておけば良かったわ。痛そう…。」 「慣れっこだよ、こんな…」 頭の良い学校に通っていなかったから、中学や高校の日常茶飯事に比べたら、どうって事なかった。それに、見た目ほど痛くなんてないのだ。 それを聞いたマコちゃんは、 「やーね、男子って。」 と少しおどけたように言った後、歯を覗かせて笑った。 それからするりと手を離して立ち上がり、 「さて、寝る前にもう一回お風呂に入らないとね。」 外に出て、掴み合いになって汚れてしまって、汗もかいた。確かにシャワーくらい浴びたいのは山々だ。 「マコちゃん。」 ソファーから起き上がって、何はさておきリビングから出ていこうとしている背中に呼び掛けた。マコちゃんが振り向く。 「ん?」 「一緒に入ろうよ、お風呂。」 この家に泊まりに来た事は何度もあったが、転がり込んでからも、一緒にシャワーを浴びるなんて事は無かった。それぞれが好きなタイミングでシャワーを浴びて湯船に浸かって、自室に引っ込むマコちゃんを見送って、リビングに敷かれたお客さん用の布団か、ソファーでそのまま寝落ちる生活だった。 マコちゃんは少し驚いたように間を空けて、その後クスクスと笑った。 「ガキじゃないんじゃなかったの?」 ふわっと目尻を下げた笑顔と、拒絶されなかった事、理由を聞かれなかった事に安心していた。 「ガキじゃないよ。でも一緒に入りたい。」 理由なんて言い出しっぺの自分でも分からない。ただマコちゃんと一緒に居たかったんだ。 一瞬だけ、何かを考えるように口元を押さえたマコちゃん。でもすぐにいつもの穏やかな笑みを取り戻した。 「…素直なのは、良い事ね。」 先に入った浴室の中から、ドア越しにもたもたと服を脱いでいるマコちゃんの体を見ていたのは、すぐにバレた。 「スッゲー!マコちゃん!」 と、思わず声に出してしまったからだ。 ドアの向こうで、ちょうどモザイクがかかったようになっているマコちゃんが、慌てたように振り向いた。 「ちょっと、もう夜遅いんだから…」 注意された気がしたけど、そんなことは聞かず、思い切りドアを開けた。 「うわっ!何その背筋!ヤベー!ヤベー!」 普段からよく鍛えているのは知っていた。いわゆる細マッチョというやつなのに背中は広くて、スタイルがよくて、思わず感心してしまうくらいの成果だ。無駄も、傷の一つもない背中。 銭湯やサウナに行っても、よそのオッサンの裸なんてじろじろ見る趣味は無い。でもまだ多分お兄さんと呼べるくらいのマコちゃんの体は、あちこちべたべた触ってしまいたくなるほど。 「コラ!何触って、あっち行ってなさい…」 普段は何を言われてもクールにあしらうタイプなのに、やけにもじもじしているのが珍しいのと、隠そうとされると余計に見たくなるのとで、わざと背中から胸に手を回した。 「おっぱいがある!揉めそう。」 そうしたら流石のマコちゃんをもうんざりさせてしまったらしく、無言で払い除けられて、ぴしゃりとドアを閉められてしまった。一人きりにされてしまったのが何ともおかしくて、しばらく笑いが止まらなかった。 ようやく服を脱ぎ終えたマコちゃんがタオルを持って入ってくるのを、空っぽの浴槽の中に立って見ていた。マコちゃんのことだから、胸まで隠して入って来るんじゃないかと思っていたけど、そんな事はなかった。 「キレイだなぁ。」 入ってきた体を正面から見て、素直に思ったことを呟いて、はたと顔を上げた。 そこには、耳まで真っ赤になったマコちゃんが、見た事もない表情を大きな手で隠そうとしていた。今にも泣き出しそうな、でも照れているような、何とも言えない表情。 「あんまり、見ないでよ…」 言い返してきたのは、まさに蚊のなくような声だった。ついさっきまで、隣の部屋の住人を通報して、毅然とした態度で警察に対応していたなんて思えないくらい。 とてもじゃないけど目を合わせられない様子で、視線も下の方へやったまま、少し俯いてしまう。 そんなマコちゃんを見た瞬間、動けなくなった。ぶわわっと血が集まってくるのを感じた時にはもう遅くて、マコちゃんの見ている前で、完全に真っ直ぐになってしまったのだ。 「ちょっと、それ…」 先に口を開いたのはマコちゃんのほうだった。少し気まずそうに、でもしっかりと視線は向けられていて、ますます意識してしまう。逃げる事も隠れる事もできず、その視線の先に立ち続けていなければならないのは、流石に恥ずかしくて仕方が無かった。 「待って!これは、その、えっと…」 慌てて誤魔化そうとするけど、あまりにも急に起こってしまった事で、言葉が出てこない。理由だって説明できそうにない。自分でも理解が追い付かないのだから。 とにかく隠そうとしたら、その手をマコちゃんに掴まれてしまった。何と言われてしまうのか。恐る恐る、マコちゃんの顔を見上げる。 「一緒に入って…何かしたかったの?」 少し困ったように聞いてきたのは、さっきの蚊のなくような声じゃなく、いつもの優しいトーンに近かった。泣き出しそうだった表情も、赤みも無くなっていた。 「ううん、そういうんじゃない…」 ただ一緒に居たかっただけ、という言葉が続けられなくて、小さく首を振って、否定する言葉だけを押し出した。マコちゃんのことをそんな目で見ているなんて思われたくなかったし、思いたくもなかったから。 でも、マコちゃんがとんでもないことを言ってきた。 「ねぇ、イヤじゃなかったらでいいんだけど…」 掴まれた手が、少し震えていた。 「何か…してみる?」 吐息混じりに低い声で聞かれて、それだけで、ゾクゾクっと背中に快感に似たものが走るのを感じた。男の人の中でも低いくらいの声なのに、そんな風になってしまうのが不思議だった。 「何か、って…」 「ごめんね、その…気を遣ってあげられなくて。」 聞き返すと、言葉を選ぶようにして謝られた。それからマコちゃんは掴んでいた片手を繋ぐようにしてきた。ぎゅっと握ると、震えは治まった。代わりに息が上がってきて、視線が小刻みに揺れ始める。 「一週間も同じ空間に居れば、男同士なんだから分かりそうなものなのに…」 そう言って、マコちゃんは手を繋いだまま、向き合う形で浴槽の中に入ってきた。お湯のはられていない底は濡れていて、滑らないように気を付けながら。 思わず触ってしまうような体が目と鼻の先に突き付けられる。鎖骨の所に小さなほくろがあって、膨らみかけのおっぱいみたいな胸筋の下には、薄い影が落ちるほど割れた腹筋。体毛は元々薄いのか処理をしているのか分からないが、ほとんど生えていなかった。 さっきはやめなさいって言われるくらい何も気にせず触れていたのに、息が詰まりそうなくらいに近付かれると、見ているのも精一杯になってしまう。 「そりゃあ、若いんだもの。溜まっちゃうわよね。」 頭に血が上ってきて、キュウッと視界が狭くなる。その中で、マコちゃんが利き手を伸ばしてくるのが見えた。 「えっ!ウソ!待って…!」 思わず出した声がすっかり上擦っていて、ますます恥ずかしくなった頃には、優しく握り込まれてしまっていた。それから、ゆっくりとその手を上下させ始めて、マコちゃんの言う"何か"が始まってしまったのだと分かった。 思わずマコちゃんを見上げた。こんな事まで面倒を見てもらわなくちゃいけないなんて情けなくて、恥ずかしくて、やめてって言おうとした。 「イヤならイヤって言ってちょうだい。」 それなのに先手を打たれて、つい首を左右に振ってしまった。 マコちゃんと一緒に居たらこんな事になるなんて思ってもみなかったから、何もかも信じられなくて、何が起こっているのか分からなくて、頭がパンクしそうだった。ただ、イヤじゃないって事だけは伝えておきたかった。やめて欲しいのに、イヤじゃないなんておかしいけど。 するとマコちゃんが、ふふっと笑ってから、良かった、と小さく呟いたのが聞こえた。情けないとか、やめてって言おうと思っていた気持ちなんて消えてしまった。 それからしばらく、マコちゃんに扱いてもらっていた。壁に凭れて、片手はマコちゃんと繋いだまま、腰を少し突き出して。文字通り手持ち無沙汰になってしまったもう片方の手で、目の前にある綺麗な鎖骨や腕を撫でたり、胸筋をちょっと揉んでみたり、腹筋の割れ目を指でなぞったりしてみても、今度は何も言われなかった。 ただ傍に居たくて一緒に入ろうと言っただけなのに、そんな事をしているのは、変な感じだった。 次第に息が上がってきて、ぴちゃぴちゃと音がするようになった。透明な液体が溢れてくると、マコちゃんはそれを塗り広げるようにして、少しずつ動きを早めてきた。マコちゃんの手は大きくて、温かくて、人と触れ合うってこんな感じだったかな、なんて思いながら、久しぶりの刺激をなるべく長く味わおうと、腹筋に力を込めていた。 「ガマンしなくていいのよ?」 姿勢を少し下げて耳元でそう言われた途端、ドキッと心臓が跳ねた。全部お見通しなんだ。耳が熱くなって、全身にも熱が駆け上がってくる。 「う…」 小さく声が漏れて、汗が吹き出してきた。 繋いでいた手を離してもらった。両足を踏ん張っていたけれど、そんな余裕も無くなってくる。 マコちゃんが空いた腕を壁に突いて、覆い被さるような体勢になってきた。壁ドンという言葉が浮かぶが、それよりも優しくて、距離が近い。マコちゃんの少し荒くなった呼吸が耳元で聞こえるくらい。 腰が落ちそうになって、マコちゃんの腕や肩に、しがみ付いた。結局、マコちゃんの手の中で出してしまった。 マコちゃんの胸の辺りまで飛んでしまっていたのに、そんな事はお構いなしという感じで、残っているのを根元から絞り出すように、指の環をぎゅうっと窄めて、一度先端まで扱き上げてくれた。 それからようやく、詰めていた息を吐いて、脱力し切ってマコちゃんに寄りかかる。すうっと全身が涼しくなって、汗が引いていくのを感じた。深く息をしたいのに、顎を乗せている広い肩に喉仏が押し付けられて少し苦しかった。 マコちゃんは壁に突いていた腕を離して、 「よくできまちたね〜」 なんて小さな子供か、ペットを褒めるように言いながら頭を撫でてきた。 「マコちゃん、ねぇ、ガキじゃないよ…」 ブリーチで脱色して傷んだ髪をうりうりと撫で回されながら念の為に言っておいたが、ついに下の世話までされてしまって、説得力なんて無いのは分かっていた。 抱き合う形になっていた体を離し、マコちゃんが顔を覗き込んできた。 「いきなり元気になっちゃって、ビックリしたわよね。」 掛けられたその声には、押し付けがましさが無かった。それから、マコちゃんは一度手の中を見ても何も変わった事なんて無いという風で、 「これからは、もう少し早く気が付いてあげられるようにする。」 と言って笑ったのだ。 「うん…」 そう返事をした途端、何か取り返し付かない事をしてしまったのかも知れないという意識が芽生えた。マコちゃんと、まさかこんな事をしてしまうなんて。仲間うちでAVの鑑賞会をしていたのとは、どれだけ早くヌけるかなんて競っていたのとは、全く別の次元に踏み入れてしまったみたいで、当のマコちゃんが何とも思っていないような顔をしているのが、むしろ不思議なくらいだった。 マコちゃんにしがみ付いて、出してしまった。その事実はもう変えられない、後戻りできないんだって思った。 「あら、まだ何かご不満?」 モヤモヤしているのを感じ取ったように、マコちゃんが訊ねてきた。 聞きたい事は、色々あった。そもそも"何か"を提案してくるに至った思考回路とか、一週間も一緒に居るほど仲良しだとはいえ、他人のを触るのにほとんど抵抗が無さそうだった理由とか。あんな姿を見せてしまった直後だというのに、どうしてそんな風に平然としていられるのか、とか。 でも、訊けなかった。頭がふわふわして、夢の中に居るみたいだった。 「ううん。気持ちよかった。」 そう答えるとマコちゃんは軽く笑ったけど、それから少し首を傾げて、 「気を遣わなくていいのよ?」 そう言う自分は、さりげないけどずっとこっちを気遣うようにしているクセに。優しくて。甘えてもいいんだって思わされてしまった。 「言いたいこととか、やりたい事とか、自由にしてちょうだい。」 そんな言葉を聞きながら、マコちゃんの瞳を見ていた。外国人っぽい顔立ちを更に際立たせる、パッと見はブラウンだけど、よく見るとグレーやブルーの混じったような不思議な色。浴室のオレンジの照明の所為なのか、それが一層透き通って見えた。

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