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第2話 あさひ

※夕視点です。   大きかったはずのジャガイモは、俺が皮を剥き終えた頃には一回り小さくなっていた。 「……」  俺は小さくなって雑に芽をえぐられてボコボコになってしまったジャガイモを無言で見続けていた。まるで隕石が衝突しまくった月だ。 「どうしたの?」  無言で固まっている俺をハルが心配そうに見てくる。俺はなにも答えずハルが剥いていたジャガイモを見た。つるりと綺麗に剥けているジャガイモは火を通す前から美味しそうに見えた。 「ジャガイモ剥けたなら小さく切ってボウルに入れておいて」 「カレーにするんじゃないの?」 「夕が切ってくれた方はポテトサラダにすんの」 「このまま潰すの?」 「なわけないでしょ。チンするんだよ」  もーほんとに何も知らないんだからーと笑うハルに心底安心する。ハルは可愛い。最初に会った時から今に至るまで大きな犬みたいだった。  さっき、俺が拒否った時は叱られた犬みたいに見えない耳と尻尾が項垂れているのが見えた。  だから元気になってよかったとホッとする。ハルが悲しいと俺も悲しい。 「それ何?」  ハルは大きな鍋に瓶から透明な液体をスプーンですくって掛け回すように落としていく。 「これー?ココナッツオイルー。カレー作る時はこれで炒めるとちょっと外国っぽい味になって好きなんだよ」  外国っぽい味という雑な言い方が可愛いと思うが口には出さないでおく。 「ふーん」  ハルは鍋を温めると手早く玉ねぎと人参とジャガイモと鶏肉を投入した。俺がじゃがいも2個を苦戦して剥いている間、ハルはこの全ての材料を切り刻んでいたわけだ。 「ほんとはニンニク入れたいけど。まー次の日予定ない日な」  鍋を覗き込んでいると、ゴムベラで具材を炒めるハルの右肘が俺の左腕に当たった。  玄関からハルの部屋兼食卓に繋がっている廊下に設置されたキッチンはめちゃくちゃ狭い。  二人で作業しているといつも肘やら腕やらが当たる。俺はそのまま自分の左腕をハルにくっつけた。邪魔だろうにこういう時、ハルが自分を邪険にすることは絶対にない。 「よし、あとは…20分煮込んで。その間に夕が切ってくれたイモをチンして…」  水で煮込まれている鍋には謎の葉っぱが入っていた。ハルは料理が上手い。凝ったものじゃなくて一般家庭に普通に出てくるような料理が上手い。料理だけじゃなくて家事全般が上手い。放っておくと全部一人でやろうとするので俺も極力手伝ってはいるが、正直めちゃくちゃ助かっている。 「あ、夕ー。もうやること特にないから好きにしてていいよー。ってか今日なんで早く帰ってきたの?」 「たまたまだよ。授業が休講になっただけ。なんか講師が体調不良?とかで。今日バイトなかったし」  そうなんだーと間延びした口調で嬉しそうに答えてくる。 「あーじゃあ風呂洗ってくるわ」 「ほんと!?助かるー!ありがとう夕!すきー!」 「はいはい」  ハルはすぐにシャワーで済ませようとするから、風呂を洗ってお湯を溜めるのはほとんど俺の仕事だった。  俺たちは上手く生活してた。お互いの感謝は忘れなかったし、束縛もしなければ放置もしなかった。良い距離感を保って生活していたと思う。  ただ一点のことを除けば。    夕飯も片付けも入浴も終えて、俺たちはお互いの部屋に戻って行った。  部屋は別々にしていた。俺が課題に集中したい時やレポートで徹夜する時がままあるのと、朝型のハルと夜型の俺ではお互いストレスになるからだ。  だけど、日付も変わる頃、俺はハルの部屋に戻った。ノックをすると「ふぁーい」と随分間延びした声が返ってきた。寝ていたのかもしれない。  俺は少しだけドアを開けると隙間からそっと覗いた。夕飯に食べたカレーの匂いがまだ残っている気がした。ハルは電気もテレビもつけたまま半分寝ていたようで、寝ぼけ眼でこちらを見ていた。 「一緒に寝ていい?」 「え!?いいよ、寝よ」  ハルはがばっと起き上がると、さっきまで寝ぼけていたとは思えない早さでマットレスの端っこに避けた。見えない尻尾がぶんぶん振り回されているのが見える。俺は思わず苦笑する。  ハルが腕枕で俺を迎えてくれると空いた腕でぎゅうぎゅうと抱きしめてきた。足まで絡めてきて重い。服の上から俺の上半身を嬉しそうに撫で回したり、犬みたいに鼻をならして匂いを吸ったりしてきたけど、ハルはそれ以上のことはしなかった。 「ハル、さっきごめんね」  ハルが落ち着くと俺はおもむろに口を開いた。  俺はゴロンと体勢を変えるとハルの上に覆い被さるようにしてハルを見た。ハルの目が嬉しそうに揺れる。 「え、俺の方がごめ、むう」  さっきとは逆に、俺がハルの口を塞いだ。ハルにごめんと言わせたくなかった。 「夕……」 「抜いてあげる」 「え!!」  ハルの驚いた声を無視して、彼のズボンを脱がせて、下着も脱がした。ハルは既に半分勃ってしまっていた。べろっと下から舐め上げるとあっという間に硬くなってしまった。 「ひもひぃ?」  ハルのものを口につけながら尋ねる。  ゆっくりされるのが好きなハルを血管に沿って丁寧にくすぐるように舐る。 「うん、う…ん、きもちいー」  裏筋に向かって舌先を動かすとハルがびくっと震える。 「んっ…ふっ」  ハルの口から息が漏れる。そろそろかな、と思いながら手でしごいてあげるとハルが 「あ、夕…」  と切なげに俺を呼んだ。イキそうになる時の合図だ。 「イっていいよ」  俺は 「あ、でる…」  とハルが短く告げるのと同時に、握っていたハルのものがどくっと脈打つのを感じる。直後に口の中に粘液がぶちまけられる。  独特の匂いと味を完全に知覚してしまう前に俺はごくりとそれを飲み下した。 「はぁーー…」  顎がだるい。相手を満たしてあげたという達成感はあるけど別に俺としては興奮するような楽しい行為ではなかった。 「ねぇ、夕もしてあげる」  ハルは俺の足首をすり…と触れてきたが、俺はするりとその手を振りほどいてウェットティッシュを探した。 「俺は大丈夫」  除菌用のウェットティッシュで手と口を拭いていると、ハルが 「ねぇ、次いつできる?」  と聞いてきた。 「え?」 「最後まで、いつできる?」  俺はぎくりとして一瞬だけ硬直してしまった。 「したいの…?」  と俺が言うと、ハルは少し焦ったような言い訳を言うような口調で言う。 「え、だって最後にしたのゴールデンウィークとかだよ」 「いちいち覚えてんの?」  しまった。と思った。トゲのある言い方をしてしまった。と軽く後悔したが、俺が放ってしまったそのトゲはハルにしっかり刺さってしまっていた。 「数えるほどしかしてないから覚えちゃうんじゃん」  ハルは拗ねたように言い放つ。暗に回数が少ないことを責められて、だんだん面倒な気持ちになってくる。 「ちゃんと抜いてやってんじゃん」 「それは嬉しいけど、俺は夕とちゃんとやりたいの」  ハルは俺の肩を掴んで真っ直ぐ俺を見る。ハルの手が熱い。気まずくて俺の目線は下に落ちていく。 「……分かったよ…じゃあ、ちょっと考えておくから」  もうこの会話を終わらせたい。ハルと楽しくない会話をするのは、嫌だ。 「考える必要ある!?」  食い下がってくるハルが面倒で思わず 「しつこい……」  と漏らしてしまった。 「いーよ!!もう!ごめんね!!寝よ!」  プイっと背中を向けてしまったハルを見ながら、なんだよせっかく口でしてやったのに、とつまらない気持ちになった。自分なりにさっきは申し訳ないと思ったからお詫びのつもりだった。して損をした、と思ってしまう自分が情けないし惨めだ。  ムカついているのに、寂しくて、俺はハルの背中にくっついた。ハルはそのままだった。こういう時でさえハルは俺を嫌がったり引き離したりしない。    気づくと朝になっていた。ハルはまだ寝ていた。俺は朝が弱いので、いつもアラームが鳴っても起きられない。毎日ハルが起こしてくれる。だからハルの寝顔を久しぶりに見た気がする。  そっぽを向いていたはずのハルはこっちを向いていて、俺の腕に絡みつきながら寝ていた。 「ごめんね…」  俺は栗色に染められたハルの髪が、朝の柔らかい日の光を受けてきらきら透けているのを見ていた。もう間もなく秋がやってくる。俺とハルが出会ってもうすぐ一年が経つ。    ハルは本当に名前の通り陽の光のようなやつだった。出会ってからずっと温かく俺のそばを照らしてくれていた。  ハルに抱かせてあげたい。ハルが望むようにしてあげたい。その気持ちはあるにはある。  でもセックスはとても億劫で面倒くさい。排泄器官を使うなんて気持ちが悪い。排泄器官に排泄器官を挿入することの楽しさが俺には全く分からなかった。ハグやキスだけで十分気持ちがよかったし、溜まったら自分で適当に抜けばいいし、性的な事をして欲しいともしたいともあまり思えなかった。  俺はハルが好きだった。ハルは優しくて、朗らかで、可愛い人だった。話も合うし、一緒にいると楽だった。多分きっとこんな人にはもう出会えないと思っている。できれば一生一緒にいたいとさえ思っていた。俺はハルにちゃんと恋をしていたし、人間として尊敬していたのだ。    ただ、性欲だけが一致しない。

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