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第7話 愛があれば、しなくても

※夕視点です    ハルと裸でごろごろしているのは好きだった。キスも好きだったし触り合うのも好きだった。ハルにくっついて眠る時が1番幸せだった。というか俺はそういう事だけで満たされてしまうのでそれ以上は別にしなくていいやと思ってしまうのだ。    子供を作るためじゃない射精なんて排泄行為と変わらないのに、なんで見せあったり手伝ったりしなきゃいけないんだとすら思う。  性欲がないわけじゃないので、アダルト動画を見る事もあるけど、モロだったり挿入メインの動画は気持ち悪くて見ていられない。  おそらくだけど、俺の性欲の薄さや性行為へのうっすらとした嫌悪感は、性的指向に関わらず男としてはかなり珍しい方だとは思う。  最初からハルにそう言えれば良かったのだけれど、正直自分の性欲がどの程度でどの方向に向いているかなんてハルと付き合うまでほとんど考えた事がなかったのだ。    付き合い始めてからしばらくは、ハルと友達以上の関係になれた事とハルみたいな人が俺を選んでくれた事が嬉しくて、ただ、ほわほわと浮かれていた。  あの時の俺は付き合ったら当然セックスをするという一般的なカップルが行き着く先をあまり想像できていなかったし、ハルの熱量もちゃんとは理解できていなかった。  それでもハルは俺の歩幅に合わせてくれようとしていたし、彼なりのゆっくりさで俺に触れていたように思う。  ハルに触られたり触ったりするのは気持ち良いなと思えていたし、ハルが俺を求めてくれていたのは単純に嬉しいしとても可愛かったので、段々とセックスしてみてもいいかなと思えてきたのだ。  それは相手がハルだからという理由に他ならない。ハルの幸せそうな顔を見れるなら、ハルとならまあいいか、と。  俺はハルと初めてする頃には心底ハルを好きになっていた。ハルはわかっていないと思うけど、ハルが俺を好きな以上に俺はハルが好きだったと思う。  それは今も同じだ。  記念日が好きなハルは去年のクリスマスに最後までしようと誘ってきた。ハルと俺は意外にも価値観が似ていたが、記念日好きイベント好きという点はあまり合わなかった。  ハルは俺とクリスマスに結ばれる事を夢見ていたようだが、実際のセックスはAVのようにはいかなかった。後ろを使うための準備もシュールだし、指を入れても気持ちよくないし、ハル自身をいれても気持ち悪いという感情しか湧かなかった。  初めてハルを受け入れた時は痛みと気持ち悪さで貧血まで起こしてしまった。ゆえに最後までできていない(黒歴史すぎてその日のことはよく覚えていない)  ハルは最初だからそんなもんだと言って後日、2回目3回目もチャレンジさせられたけど俺の体は一向に快感を得られず、全部入らなくてハルはがっかりするし、具合は悪くなるし、すっかり嫌になってしまった。    別にセックスなんてしなくたって俺が一緒にいたいのはハルだし、楽しいのもハルだし、安心するのもハルだった。  体はともかく心はとっくにハルと結ばれていたつもりだったし、性器を体内に入れる入れないなんてどうでもいい事だと思っていた。  ハルも結局はそう思ってくれていると思っていたが、全くそんなことはなくハルはどうしてもきちんとセックスを成功させたいらしい。(要は俺にいれた状態でイキたいらしい)  このセックスに対する欲のズレがどんどん大きくなっていく事に俺は気づいていたけど、どうやっても俺が我慢をするという選択肢でしか解決できないのでスルーしていた。  そうしていたら、ついに泣かれてしまった。その様子があまりに可哀想だったから再び付き合ってあげることにした。    今、俺がハルとする理由は愛情よりも同情に近かった。 「はあ」  俺はもう朝から何回目か分からないため息をついた。今日は土曜日で夕方から夜までコンビニでアルバイトだ。  ハルと約束してしまったので、バイトが終わったらセックスをしなければならない。  退勤時間の21時が近づくたびに、俺はどんどん気が重くなっていった。いっそ次の人が急病で朝まで残業。という展開すら願った。  でも予定通りの時間に退勤になってしまった。 『お疲れ様ー!退勤したら教えて!』 『もう電車乗った?』 『もしかして残業?』 『何時でも大丈夫だから!待ってる!』  家に帰るまでハルから四つのメッセージが来た。俺はメッセージをスルーしたままハルの待つ部屋に帰ってきてしまった。  なんとなく気まずくてそっとドアを開ける。ハルが寝落ちしていたらいいなあとか思って。 「おっかえりー!わーん、夕ー!待ってたー!」  しかしハルは玄関の前で待ち構えてたのか、犬のように飛びかかってきた。ハルが本当に犬だったら尻尾をぶんぶん振っているだろう。 「ただいま…ごめんメッセ今気づいた…」 「え、いいよー!夕が帰ってきたらすぐご飯食べれるように調整しておきたかっただけだから!」 「ご飯?」 「うん!精力つきそうなものー!いっぱい用意したからー!」 「………」  俺は机に並べられたいつもより豪華な食事に辟易してしまった。どうせ食費からじゃなくて自腹をきってるんだろう。  なんだかそういうところもイラっとしてしまうのだ。 「今あっため直すね」 「いい。いらない」 「え!?」  あからさまにショックを受けた顔をするハルに心がズキっとする。しかし俺も今は余裕がなくてその余裕のなさを理解してもらいたい欲が勝ってしまった。 「あのさ、俺今日のために結構食事とか気使ってたんだよ。やる前にこんなに食べるなんて嫌だよ」 「あ、あー、そっかー…ごめん…」  シュンとしてしまったハルにズキズキ心が痛む。自分で傷つけてカウンター喰らってバカみたいだ。 「ごめん…明日食べたいからとっておいてもらえる…?」 「う、うん!わかった!」  俺に傷つけられたことを怒りもしない引きずりもしないでハルはニコッと笑って返事をする。  今ならハルにどんな嫌なことをしてもハルはニコニコと俺のご機嫌をとってきそうだ。それがしんどい。 「あのさ、今からお風呂入るから絶対に覗いたり入ったりしてこないでね」  つまり今からセックスの準備を色々しないといけないのだ。 「わかった!」  ハルはごゆっくりー♡と手を振る。俺はハルのハッピーオーラにカチンときてしまう前にメゾネットの階段を下りた。  俺はシャワーに打たれながらかなりブルーな気分になっていた。シャワーを浴びているというより気持ちは滝行だ。とりあえず出すもの出したし後ろも綺麗にしたし、もういいだろう。  やるべきことは全てやったが、このセックスをするための『準備』が本当にシュールで好きじゃない。  本来いれるべき場所じゃない場所に何かをいれるなんて冷静に考えなくても狂っていると思うのだが、1番最初にやった奴を呪いたい。  俺はまだよく分からないが、男の中に性感帯がある事に気づいた奴も同様に呪いたい。  風呂から上がってハルの部屋に行くと、ハルは 「あ、お疲れ様ー!俺もお風呂入ってくるから待っててね!テレビでも見てくつろいでて!!今日シーツも枕カバーもタオルケットも洗い立てだからーーーーー!!」  と言い放って騒がしく部屋を出て行った。  いつも食事をしている折りたたみのローテーブルの上もキッチンもすっかり片付いていてハルの家事能力の高さには驚く。  こんなに家事ができて、明るくて優しくて、おしゃれでかっこよくて、そしてエロい。となれば引く手数多だろうになんで自分なんかに固執してるのか分からない。  俺よりもっといいのがいるだろうに。自分は家事はそんなに得意じゃないし、暗いし、センスもないし、性欲も薄い。  だから就職したら少しはハルに楽させてあげたいな、とか思っているのに。    でもきっとハルはそんなこと望んでない。    なんだか悲しくなってきた。俺なんかがハルの隣にいるの、やっぱり合ってないんじゃないか?  俺はハルのマットレスの布団に横になった。洗い立てのシーツはパリっとしてすべすべだ。ハルがいつも使ってるタオルケットを被る。この期に及んで俺はやる気が出なくてこのまま寝落ちしちゃえないかなと思っていた。  洗い立てらしいタオルケットは柔軟剤の甘い香りとハルの匂いがする。いい匂いだった。肌触りのいいタオルケットにくるまれてるとハルにぎゅっとされているような気持ちになる。  このまま布団になってしまいたい。布団じゃなくてもいい。ハルの服とかハルのスマホとか何かハルの物になってしまいたい。人間以外でハルのものになれたらいいのに。そしたらセックスとかしなくてもずっと一緒なのに。  変なことを考えていたらハルが階下の風呂場からドタドタと走ってくる音が聞こえた。   「お待たせーーーーー!!」  と言いながらハルがどすんっと飛び込んできた。俺が押し倒される形でハルが抱きついてくる。ハルはすでに下着のみという格好だった。今にも脱げそうなゆるっとしたトランクスを履いている。やる気しか感じられない。 「夕いい匂いー」  ハルは満面の笑みで胸に頬をすりつけてくる。 「ってか、今日パジャマなんだね」 「え、うん…」  今日はなんとなく気を使って脱がせやすい前開きのパジャマを着ていた。二人で生活を始める時、テンションが上がって買ってみたものの、ほぼ着ていない。いつもはTシャツにスウェットだ。 「髪乾かした?」  とハルの頭を触る。 「うん。乾かしたよ」  なんとなく湿っているハルの柔らかい髪を撫でる。ハルは嬉しそうに俺に撫でられてくれた。 「そんなに嬉しい?俺とやるの」 「嬉しい!」 「可愛いなあ…ハルは」  ハルの頭をよしよしする。 「夕の方が可愛いよ」  ハルは俺をぎゅうっと抱きしめた。やっぱりこういう瞬間はときめくし落ち着く。何か良い神経伝達物質がぶわっと出ているのを感じる。  俺もハルの背中に腕を回す。ハルの高い体温がぽかぽかして気持ち良い。 「俺のどこがそんなに好きなの?」 「えー、なんだろう。いっぱいあるけどなんか俺にだけ心を開いてるところ?」  よく分からない。と思っているとキスをされた。ちゅ、ちゅと音を立てながら唇を吸われた。薄く口を開けると舌を絡められた。  キスをされたり体を触られたりするのは気持ち良いと思う。気持ち良いというか心地よいというか。お風呂にでも入ってるような、めちゃくちゃ肌触りの良い布団に寝ているような気持ちよさだ。こういう時はやっぱり人間で良かった。と思う。 「んっ…」  ハルが首筋や耳にキスをしてくる。最初は優しくしてくれたが、次第に噛みついたり舐められる。 「あっ」  俺は首が弱い。くすぐったさに身をよじらせていると、 「跡つけていい?」  と、ハルがパジャマのボタンを開けながら聞いてきた。 「ん…いいよ」  見えないように気を遣ってくれたのか、首筋の下の方を強く吸う。 「…ん…っ」  じゅっと吸われるたびにゾクゾクする。とりあえず不快感がないことに安心する。ハルにいろいろされている間にハルの頭を触る。ハルのふやふやの髪に指を入れるとめちゃくちゃ熱を持っているのがわかる。  こういう前戯のようなことは好きだった。男同士のセックスに前戯が必要かは謎だが。  ハルは首から胸へと唇を降下させる。胸に吸い付くと乳首を吸われた。そのまま舌先で突かれたり、転がすように刺激される。 「夕の乳首勃ってる」 「ん、…」 「…可愛い」 「そういうの、いらない」  ハルはこういう言葉責めみたいのが好きらしくて色々言ってくるが俺は正直好きじゃない。何がおかしいのかハルはふふっと笑った。  ハルが唇や舌で胸の辺りを責めながら、お腹や内腿を撫で回してくる。やっぱりハルの掌はすきだ。ハルに体中を撫でられるのは正直気持ちが良い。多分それはハルも分かってて、いつもより丁寧に触ってくれる。  ハルの高めの体温がじわじわと伝染する。心臓がドキドキする。お互いの息が荒っぽくなる。ここで終わりだったらいいのにと思ってしまう。これ以上、俺はいらない。ハルと体温と息を分け合うだけで満たされる。  ハルの手が下着の中に入ってくる。そこは、ハルの手に反応してすぐに大きくなる。不感症というわけではないので、当然触られたら勃つし気持ちが良い。 「ん…はぁっ…」  思わずか細く声が出てしまう。ゆるゆる触られながら俺はため息を吐く。そのうちハルは扱くように触りだしたので、俺のそこは完勃ちしてしまった。 「あっ、ハル…」 「夕、一回出したい?」 「ううん…いい…」  イッてしまったらその後はただしんどいだけなので首を振る。 「もう後ろ触っていいよ」  あとはできるだけさっさと終わりたい。 「わかった、あ、そうだ」  と、言うとハルはごそごそとハルの私物がしまってある棚を漁りだした。 「どれがいい?ローション。3個買ってみた」  ハルがものすごくウキウキした様子でボトルを3個並べ出した。 「……どれでもいいよ」  俺はボトル群から目を逸らす。これから自分の身に起こることはあまり考えたくない。 「あ、ゴムも3種類買ったんだけど、どれが」 「どれでもいいってば……」 「えーーーー」  うーんじゃーこれでいっかーとやや不満そうにぶつぶつ呟いている。俺が嬉々としてゴムとかローションを選ぶと思っていたのだろうか? 「……」  このローションも苦手だった。漏らしてるみたいで気持ち悪い。ハルが痛くないようにたっぷりと使ってくれるのはありがたいけど、不快でしかない。 「じゃあ、ほぐしてくね」  多分指用のゴムをつけてハルが指を一本入れてくる。指一本くらいなら違和感はあるがするっと入る。 「痛くない?」 「ん...痛くないよ」  ハルが入れた指をお腹側に向かって優しく押してくる。変な感じがして刺激されるのはまだ慣れない。 「気持ち良い?」 「気持ちよくはないけど……」 「うーーーん、そっかーーー」  開発するとめちゃくちゃ気持ち良いらしいそこは、俺はまだ違和感しか感じなかった。  ハルはしばらく俺の中を弄っていたが、俺が無反応でいると諦めたようであとはひたすら入り口(というか実際は出口なのだけど)を広げようとしていた。指の本数を増やしてゆっくりと押し拡げるように出し入れされる。俺は恥ずかしいし怖いしでできるだけ目を瞑って早く終わらないかなと思っていた。  ハルも何も言わないから、グチグチというような水音だけが自分から聞こえて気まずい。 「どう?痛いとかない?もういれて良さそう?」  いつまで続くんだと思ったあたりでハルに問われる。 「うん、大丈夫だと思う……」  ハルはホッとしたように俺に抱きついてきた。 「じゃ、痛かったら言ってね」 「うん」  ハルに足を持ち上げられると、ぐっとハルのものが押し当てられるのを感じる。やっぱりこの瞬間は怖い。 「うっ……」  ハルが入ってくるのが分かる。  ハルはすごくゆっくり入れてくれているけど、逆流してくる感じがたまらなく辛い。圧迫される感じも苦手だ。皮膚が引き攣ってる感じも裂けそうで怖い。 「はぁっ」  俺は恐怖と不快感を息を吐き出して耐えようとした。ハルはゆっくり腰を押し進めてくる。  まずい。なんとなく頭がモヤモヤして体に力が入らなくなる。でも最初から倒れてるし転倒の危険はないしなと思って耐える。  どんどん冷や汗が出てくる。呼吸が浅くなる。ああ、ダメだ。やっぱり血の気が引いてる。 「もう少しで全部入りそう」  と、ハルが嬉しそうに言っていたけど、その時にはすでに視界が暗くなっていてハルの顔がよく見えなかった。 「夕!?」  俺の異変に気づいたようでハルが慌てて自身を引き抜いた感触がした。急に圧迫感から解放された刺激で胃の中のものが迫り上がってくる。 「ごめ、吐きそ」  俺はなんとか布団にぶちまけるのは回避しようとハルを押しのけるように寝返り打って 「ゲホッ、うぇ…」  フローリングの床に戻してしまった。といっても今日はほとんど何も食べてなかったので幸い胃酸を少し吐いただけだった。 「はっ、はぁ、はぁ」 「大丈夫?すっきりした?」  ハルが背中を優しくさすってくれている。 「ごめ……」  俺はティッシュで拭こうと体を起こしたが、クラクラする。 「いいから、夕は楽にしてて」  ハルが俺を横にする。ハルは下着を素早く履くと手早く床を片付けて、部屋を出て行ってしまった。  寒い。また貧血を起こしてしまった。気持ち悪いのはすぐに治ったけど、体が冷えている。なんとなく鈍い頭痛と腹痛と情けなさが襲ってきて気持ちが沈む。  ハルが戻ってきた。丸めたタオルとペットボトルを抱えていた。 「大丈夫?今体拭くね」   そういうとローションでベタベタになってる下半身を拭いてくれた。介護されるとしたらこんな感じか…と一昨日ハルに言われたことをぼんやり思い出す。 「あったかい…」  ハルは汗で濡れた背中とか首とかも拭いてくれた。 「うん、タオルあっためてきた。どこか拭いて欲しいとこある?」  首を振る。 「あとスポドリ。飲めそう?」 「うん」  体を起こすとハルが背中を支えてくれた。 「えーっと、今日はもう無理だよね…」  俺が再び体を横にすると、一応という感じで聞いてきた。 「うん……ごめん…」 「いいよー。少しでもできて嬉しかった」  嘘だ。多分、ハルはめちゃくちゃがっかりしてる。今までもそうだった。めちゃくちゃがっかりしてるのが顔に出てるのに、口では明るく気にしてないよ、と言うから俺はハルの顔が見れない。 「またしよ」 「ん……」  俺は曖昧な返事しかできなかった。    その夜はハルがずっと後ろから抱きしめててくれた。俺はハルの手をずっと触っていた。俺が指を動かすと絡め返してくれた。そのうちハルは眠ってしまった。  俺はなんとなく目が冴えてしまって眠りに落ちることができなかった。    ハルが好きだ。それは本当だ。でもハルとセックスができない。  俺はハルが好きじゃないのだろうか?  ハルへの愛が足りないのだろうか?  愛があれば、しなくても。  愛があればセックスなんてしなくても、いいんじゃないのか。  愛し合う方法がセックスだけだなんて事ないだろう。  セックスだけが愛の証明なのか?  絶対にそんな事はないはずだ。 だって俺はハルを愛している。

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