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ヤマノガミさんと呼ぶ祠の裏で、立夏と俺は、土砂降りの雨に帰る事を拒まれていた。 二人だけの秘密と称してキスをし、その他では得がたい快感を覚えた思春期の体は、欲望に正直で、加速度的に性に目覚めていった。 プライベートの垣根の薄いムラ社会の中で、秘密を作っているという背徳感と、それを守り続ける事が果たして出来るのかという緊張感と、まるで共犯者が居るような安心感。それはある種、排他的な関係。自分たちの距離が常軌を逸した形で近付いていくのを自覚こそすれ、止めようとも思わなかった。背徳感は、秘密を作っているという事自体に由来していて、その内容を知られたとて、咎められるいわれなどなかった。ただ少し、刺激が欲しかっただけなのかも知れない。 二人きりの時の立夏は俺にとって親分であり、同時に村で唯一の友達であるだけでなく、自分の全てを捧げてしまいたくなる相手であって、そんな相手から言われることなら何でも受け入れたくなっていた。実際に、立夏の言う通りにしていれば楽しい事ができた。村にも馴染めたし、知らない遊びを沢山教えてもらった。 恋人という明確な関係性はなく、どちらもそれを望んでいなかったように思う。自分たちの関係をどう表現するべきかなど、どうだって良かったのだ。何故なら誰にも明かす必要の無い事だったから。 雑木林を抜けた先、少し拓けた場所には人の気配が無く、ただ蝉の声が響き渡るだけの空間があった。木陰は涼しげに地面に影を落とし、ひんやりとした風が吹いていて、上を見上げると膨らんだ入道雲を背にした枝々が深緑の葉を伸び伸びと広げていた。 祠の裏へ周り、丁度いい形に盛り上がった巨木の根に腰掛けて、半分に割ったソーダ味のアイスキャンデーを二人で食べていた。 残っている宿題が面倒くさいとぼやく立夏に、高校はどんな感じかと訊ねた。立夏は、中学生なんかよりも遥かに大変だと大袈裟に答えた。立夏の通う高校はクラブ活動が活発な方ではなく、夏休み返上で練習に行くような運動部でもなかったらしい。 いずれ高校を卒業したら村を出るのかと訊くと、まだ分からないという返事だった。一人っ子であり、同時に長男でもあるため、家を守らなければならないと続ける立夏が、この村よりも遥かに都会にある、自分の住んでいる家を訪ねてくるのを少し想像した。 両親が起こした問題に邪魔だとして祖母の家へ押し遣られたのか、それとも多感な年頃の息子をなるべく傷付けないようにと隔離されたのかは、当の俺が知る由もない。しかしこの先、最低でも一度は帰る事になるであろうその家に、立夏を招く事ができればという考えが、にわかに頭に浮かんだのだ。 同じ高校の友人の顔を見られないのは寂しいかという問いには、お前も似たようなもんだろう、と言って片方の眉を跳ね上げた立夏。元々両親にベッタリな方でもない子供だったが、それでも寂しいと感じる事がなかったのは、子育てに慣れた祖母、オッチャンオバチャンと慕わせる村の住人、そして立夏が居たからに違いなかった。 「寂しくはないね。立夏にも会えたし。」 俺がそう返すと、食べ終わったアイスキャンデーの棒をしがんでいた立夏は、嬉しそうに笑った。それから俺の頭を撫で、 「かわいいやつ。」 と言って、薄っぺらな棒を口から離した。見上げると目が合い、後頭部に回った手に引き寄せられるのが分かった。立夏の膝に手を置き、前のめりになって唇を合わせにいく。背の高い立夏に合わせるために、背筋を伸ばすのは少し苦しかった。 そうしていると、急に辺りが暗くなり、遠くで雷鳴が響いた。夕立が来るのが分かった。しかし止められなかった。 「リッカ…こっちに…」 抱き合うような体勢のまま、座っていた根から降りて、立夏の服を引っ張った。樹を背にして、幹に背中をつける体勢になり、体を押し付けるようにして舌を入れてくる立夏を受け入れた。 途端に、大粒の雨が降り始めた。ざああっと音を立て、すぐそこにある雑木林が白く霞むような雨。雷も大きく鳴った。立夏が驚いたように顔を離し、背後を振り向いた。 「雨が…」 初めて気が付いた風でそう口にした立夏の首へ腕を回したまま、顔を見上げて答えた。 「うん、でも、すぐ止むよ…」 しかし立夏は、少し困ったような表情を浮かべていた。 「帰れるのか?これ」 もどかしい気持ちになった。既に少し息は上がり、全身の血の巡りが早くなったように、熱すら感じていた俺に対して、帰り道を気にする立夏が冷静になってしまったようで。 「ねえ。今、もう、雨宿りしてるんだから…」 立夏の顔を両手で挟むように掴んで、自分の方を向かせた。きょとんとして真っ直ぐに見てくる立夏の視線に、ますます熱が上がるのを感じながら。 「この雨が止んだら帰ろう…?ね?」 そう提案したのは俺だが、キスをして来たのは立夏の方だった。貪るようにされ、自分が立夏を興奮させているのだという事を理解した。それはとても心地の好い自己肯定感で俺を満たした。 巨木に守られるようにして雨をしのいでいた。それでも、打ち付ける大粒は少しずつ、着ていた服を濡らしていった。蒸し暑さが一変、冷水のシャワーを浴びたようになり、それでも立夏と触れている部分は熱かった。 小さな祠と大きな木の隙間に挟まるような位置は、雑木林を抜けたところから見ればちょうど祠の後ろ、陰になって、まるで隠れているようだった。こんな大雨の中、ぬかるみに足を取られる事も厭わず、誰かが来る事などないと分かっていた。それでも、誰にも言えない秘密作りは、いつ誰かに知られてしまうかも知れないというスリルと隣り合わせだった。 立夏の手は俺の服に潜り込んで、背中や肩甲骨の辺りを撫でていたが、濡れて重くなり、肌に貼り付いた感覚がもどかしくなったようだ。 「なあ、服…脱がしていいか?」 耳元で言われ、ドキッと心臓が跳ねた。 「い、いいよ…」 声が震えそうになるのを押さえ、吐息のように答えると、立夏はすぐさま俺のシャツのボタンを外すべく、喉元へ手を伸ばしてきた。 いつもランニングシャツやTシャツを着ている立夏と違い、すぐに脱げない服を着ている事を後悔したのはこの時が初めてではない。川遊びの前にも、もたもたと服を脱いでいる俺に、ふざけて水しぶきをひっかけてくるのは、先に裸になった立夏だった。 二人がかりで俺の着ているシャツのボタンを外している時間は何とも恥ずかしく、気まずく、もどかしく、それでいて興奮を増させるものだった。 ようやく全てのボタンを外し終えると、立夏は一度確認するように顔を上げた。何を言う事もできずに居る俺の唇や首や、鎖骨に口を付けて、それから少し屈んで、胸にも吸い付くようにしてきた。 「やだ…リッカ、ねえ、恥ずかしいよ…」 前を開いたシャツを脱ごうとしたまま、思わず体を閉じようとした。二の腕に引っ掛かったシャツから肩を露出した、情けない状態で訴える俺を、立夏は上目遣いに見るだけだった。そうして目を合わせたまま、見せ付けるように乳首を噛んで、舐めてくるのだ。ひっ、という声が漏れ、慌てて口を塞ぐ俺の反応を見て楽しんでいるかのように。 「リッカ、やめて、やだってば…」 本気で抵抗せず、身体をくねらせる事しかできなかったのは、立夏と俺の関係性がそうさせていたからだ。何をされても許してしまえる。知り合って間もないというのに、当時の俺には本気でそう思えてしまったのだ。 はっきりとした快感というものはなく、むずむずとした感触を覚えるばかりで、もどかしさは増す一方だった。それでも、立夏がやりたいのであればそうしていればいいと。 肌に直接触れる背後の幹の感触が、湿気を吸ってふわふわとして、冷たかった。視界には祠の裏側しか入らず、罰が当たらなければいいな、などとちらと思っていた。 しばらくそうしていたが、不意に立夏がぬっと立ち上がり、上を向いて耐えていた俺はようやく解放された。 肩の力を抜き、目を開くと、まだ降り頻る雨を背にした立夏が、少し焦点の合っていない目で、息を上げて俺を見ていた。それから、少しふらついたかと思うと、凭れ掛かるようにして身体を押し付け、俺の肩に顎を乗せてきた。 「えっ、立夏?大丈夫?」 慌ててTシャツからむき出しになった二の腕を掴むように支えると、立夏は首を捻り、首筋に鼻を擦り付けてきた。体の大きな相手に甘えられているような、慣れない感覚に戸惑ってしまう。 そうしながら、立夏が小さく呟いた。 「…もう一つ、オレたちの秘密…」 瞬間、カーッと頭に血が上っていった。立夏に初めてキスをされた直後の感覚が蘇り、思考を埋め尽くし、塗り潰していくようだった。 「わ、分かった…」 小さく頷きながら俺がそう答えるや否や、立夏は俺を抱きかかえるように、腕を回してきた。少し乱暴なまでの勢いに驚いていると、こちらの尻に両手を回し、持ち上げるようにしてくる。ふらつきながら爪先立ちになると、確かな形を持った立夏自身がズボンの中で苦しそうにしているのに気付いた。 合わせた唇の隙間から、立夏が小さく呼んで来るのが聞こえた。 この先、どうなってしまっても構わないと思った。立夏なら何とかしてくれるだろうとも、立夏にならば何をされても構わないとも。 二人してズボンと下着をずり下げ、跳ね上がるように飛び出してきたお互いを利き手で握り込んで、触り合った。自分を慰める時と同様に、上下にしごき、親指の腹で先端を濡らした。立夏のそれは、俺よりも太く、根元の方には毛も生え揃っているようだった。視線を下げて実際にこの目でその様子を確認してみたい衝動に駆られたが、立夏がそうさせてくれそうになかった。 「リッカ、リッカぁ…」 キスに割く余裕も無くなり、空いている一方の手でしがみ付きながら、名前を呼ぶ事しかできなくなっていた。 立夏の大きな手の力は強く、普段から自分がしているのとは明らかに違う刺激に、支えられていなければ腰が落ちそうになった。目の前の立夏が、自分の知らないところでどんな風にこういったものを行なっていたのかさえそれまでは想像した事も無かったが、すっかり頭がいっぱいになっていた。胸に受けていたものより遥かにはっきりとした快感。何に濡れているのかも分からなくなった手はぬるつきながらも熱く、そして不器用に動き続けていた。 立夏の首へ腕を掛け、濡れたシャツを握り締めると、はっはっという短い吐息が耳に当たった。ゾクゾクとした感覚が背筋を駆け上がり、ほぼ同時に中心をせり上がってくるのが分かった。立夏は変わらない強さでしごき続けて来る。 「あっ、リッカ、待って、やだ…!」 止めさせようと思わず手を離すが、立夏は少し苛立ったような低い声で唸り、俺の腰を支えていた手でそれを押さえ込むようにしてきた。逃げる事も拒む事もできず、限界寸前の俺に手を動かし続けるように示してきたのだ。 その直後、ひぐっ、と嗚咽に似た声を漏らしながら、立夏の手の中で果ててしまった。 下腹をはじめ、全身に込めていた力が勝手に解けていく感覚の中、立夏が俺の手を包み込むように自分の手を重ねて動かしているのに気付く。途端に冷静になった頭で、下がってくる瞼をどうする事もできずに、その隙間から立夏を見ていた。今にも達しようと、眉間に皺を寄せ、快感に向かってひた走る目の前の姿を、それでも胸が張り裂けそうなほどに愛おしいと思った。 立夏が出した白濁は俺の腹や脚に掛かって、雨に流れ、下着に染み込んでいった。 ズボンを上げるなりへたり込んだ。二人してぐったりと寄り添いながら、新しく作ってしまった秘密の余韻を噛み締めていた。 弱まった雨足に気付き、肌が出ている部分から体が冷えていくのを感じた。ようやく、熱が下がったようだった。 「…濡れて帰れば、そのままお風呂入れるね。」 次に取るべき行動を回らない頭で考えながら、うわ言のように話すも、立夏はまともに取り合わなかった。 「また秘密、作っちゃったな…」 「うん、すごい事しちゃったかも…」 ふと、凭れ掛かっているのが祠の裏側である事を思い出す。神様の見えないところで、秘密を作ってしまった。信仰心が取り分け厚いわけではないが、村の住人には知られずとも、神様にはバレてしまっているのではないか、という後ろめたさがあった。 「こんな所で秘密作っちゃった…ヤマノガミさんに怒られちゃう…?」 シャツのボタンを留めながら恐る恐る言うと、立夏は可笑しそうに眉根を寄せ、 「ははっ、平気だろ。ヤマノガミさんは優しいから。」 そう言って濡れた髪をかき上げた。それから軽く頭を振るって水滴が跳ねる様は、水を浴びた犬が身体を振るうのに少し似ていた。 「ガキの頃に迷子になった時、お願いしたら無事に帰してくれたんだぞ。」 「ホントに?」 少し驚いて聞き返す俺に、立夏は深く頷いた。 「ああ。」 それから両手を合わせて目を閉じ、ヤマノガミさんごめんなさい、怒らないでください、と冗談なのか真剣なのか分からない様子で唱えて見せた。 念の為、俺も立夏にならって目を閉じ、手を合わせておいた。 「ヤマノガミさんごめんなさい。怒るならリッカを怒ってください…」 小さな声でそう唱えると、立夏が少し慌てたように肩を叩いてきた。 「何でそうなるんだよ!」 「今日のはリッカが言い出したんだからね…」 薄目を開けてその様子を見遣り、罪をなすり付けるかのように言うと、立夏は鼻を啜ってから小さく笑った。 「でも、二人で作った秘密だろ?」 合わせていた手を下ろすなり、立夏が顔を寄せてくる。濡れた前髪が小さな束になって額に貼り付き、そこから筋になって垂れた滴が、褐色の肌を伝っているのが見えた。 「これからもずっと、オレたちだけの秘密。」 そのまま軽く唇を合わせるなどという行為は、初めて秘密を作った時からは想像もつかないほど、二人の間で馴染んだものになっていた。

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