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されるがままの日出人が腰を浮かし始めると、雲雀は一度口元を拭って立ち上がり、サイドテーブルの上のランプを点けた。 成人雑誌の下から避妊具を一つ取り出したところで、何かを思い出したように手を止める。 「そっか。ヒデは、つけなくてもいい人だったよね。」 問われた日出人は体を起こし、短く答える。 「つけろって言うなら。」 雲雀は左右に小さく首を振った。 「ううん、ヒデが構わないならそのまま欲しいな。」 可愛らしくねだってから、横並びになる形で、ベッドに腰かけた。白い肌が淡いオレンジ色の照明を跳ね返す。 相手の顔ではなく、空を見据え、思い出したように続ける。 「他の人はね、つけるよ。ボクがヘンなビョーキだって思い込んでるから。」 その横顔を見つめ、日出人が聞き返す。 「ヘンなビョーキ?」 「だって色んな人とエッチしちゃうんだもん、そう思われても仕方ないよねー。」 自身のことでありながら、悪びれる様子もなく軽い口調。仕事、生きる術と割り切っているからだろう。不特定多数との、それも男性同士の性行為を繰り返す事に対しての引け目や負い目など、感じていないのだろう。もし感じていたとしても、それを表沙汰にする事など許されないが。 小首を傾げ、媚びを売るような視線を投げ掛ける。 「ヒデは、そういうの気にしない?」 自分の望んでいる答えを相手に言わせるための仕草と声色に、日出人もやはりその期待に沿うよう、ぶっきらぼうに返答するのだ。 「興味無い。」 お互いの求めているものが手に取るように分かるというのは、良い事ばかりではない。分かったとしても、それを与える事ができなければ、そこには切なさと苛立ちが募るばかりだからだ。 「わーやばい!おちんちん腐って取れても知らないから!」 目を見開き、わざとらしい大声で言ってみせる雲雀。やや舌足らずで、まるで幼い子供のような物言いだったが、その内容は男ならば誰しもひやりとするものだ。 「取れるのか…?」 少しだけ怯えの色を浮かべた日出人の反応に、雲雀は堪らず腹を抱えてケラケラと笑う。 「そんなワケないじゃん!大昔じゃないんだから!」 それから後ろへ転がるようにしてごろりとベッドに仰向けになり、自らの両脚を持ち上げた。 「ほら早く。ヒデのおちんちん、ちょーだい。」 脚を開くと、赤黒い襞が歪な円を描くようにしてぽっかりと口を空けた。何の情緒も風情も無い体勢だが、そこは確かに涎を垂らして誘っていた。 日出人の視線が一度はそこへ吸い寄せられるものの、すぐに眉根を寄せて伏せられた。 ベッドの上に膝立ちになり、にじり寄る、日焼けした体躯。待っている痩せた体の両脇に手を突き、覆いかぶさった。 しかし、今か今かと待っている雲雀をよそに、そのまま身を乗り出すようにして、ずいと顔を寄せる。 「んもう!どれだけ焦らすつも、り…」 堪りかねて声を張ったそこへ、自身の口を持っていく日出人。ゆっくりと唇を重ねた。医療用樹脂で作られた透明ピアスの感触が伝わってくる。ぴいぴいと鳴くように騒がしかった雲雀は途端に大人しくなり、頬を染めた。 一度唇を離すも、すぐに二度三度と続け、感触を確かめるようにする。まるで離れていた間に変わった事が無いかを確かめるように。 そうされながら、はにかんだ表情を浮かべ、日出人の髪を愛おしそうに撫でる雲雀。 「よくできるよね…」 皮肉っぽく言った声は掠れ、普段のわざとらしさは無くなっていた。頭からこめかみ、頬を滑った指先で、やや薄い唇に触れる。 「ヒデはいつも入れる前に、いっぱいチューしてくれる。」 そう言われた日出人の顔が、みるみる内に赤くなる。同性愛者ではないし、雲雀の誘いが無ければ裸を見て沸き立つ事もない。しかし幼馴染を愛おしいと想う感情がそういった行動に表されるようになったと指摘された気分だった。 「色んな相手と寝るのに、そんなのいちいち覚えてるのかよ…」 皮肉を込めて言い返されても、雲雀は動じない。 うーん、と少し考えるように青い瞳の視線を上に投げた後、またくるりと日出人の顔を見、 「パパとはあんまりしないからかも。って言うか、したがられない。」 そう答え、先程の感覚を深く味わうように唇に指を添えた。あざとさすら感じさせるその挙動には、乾いた反応の日出人。 「へえ。」 「ちょっと意外でしょ?」 「やっぱり、ヒバリが喜ぶ事をするわけじゃないんだな。」 所詮は自分たちの欲を満たす為の存在で、行為でしかないのだろう。そんな思いと、自身は雲雀を喜ばせているとでも言いたげな日出人に、当の雲雀は眉を跳ね上げる。 「何それ、チューすればボクが喜ぶって?」 「違うのか?」 聞き返され、言葉に詰まった。 ピアスホールを食い込ませ、小鳥のように唇を尖らせる顔を、日出人は不思議そうに見つめる。 「嬉しそうにしてるクセに。」 「…ヒデが相手だからだもん、嬉しいのは。」 舌を絡める際に突っ張ったような痛みが起きる事があるが、それすらも快感だと錯覚してしまう。 「ベロチューされるの好きなんだよねぇ…」 「知ってる。」 「ベロ、痛くない?」 「こっちの台詞だよ。」 すかさず言い返され、笑ってしまう雲雀。 「…ヒデはホントやさしーよね。」 幸せそうに話す口の中では絶えず、舌に着けられた鉛玉のような銀色がギラギラと光っている。 滑舌が少し悪くなったのは、このピアスによるものだ。「パパ」からは舌足らずでまた可愛くなったと好評らしい。 「オキャクサマは痛いからしないのか?」 「多分…ビョーキがうつるって思われてる。」 「そういう事か。」 日出人はやはり気にしていないという風でキスを続ける。舌を奥へと進め、絡ませても、今は血の味などしなくなっていた。 「ヒデ、気を付けた方がいいよ。」 「何を今さら。」 「ボクがヒデと会わない間に、とんでもないビョーキに罹ってないって言い切れる?」 そう訊ねながら、利き手は日出人の中心に添えて導いていた。筋が浮くほど張り、真っ直ぐに上を向いた若さは、雲雀が「パパ」と呼び慕う男たちがすっかり喪ってしまったものだった。中には薬やサプリメントを飲んで誤魔化そうとしている者も居るようだが、それこそがやはり、よる年波には勝てないという何よりの証拠だった。 「じゃあオキャクサマは全員感染してるよな。廃業モンだ。」 日出人はそうしてくる雲雀の動きに合わせて腰を持ち上げ、宛がった先端で擽るようにする。迎え入れようと涎を垂らしているそこに、雫のように留まっていた先走りを一度付けると、糸を引いて垂れた。 「皆はちゃんと着けてるからヘーキなんじゃないかな…」 うわの空で言い返す調子に、進入を今か今かと待ち望んでいるのが見て取れた。雲雀の目は明らかに下方へ向けられ、普段はラテックス越しにある筈のその粘着質をただいたずらに擦り付けられる様を、もどかしそうにしている。 「ねえ、自分を守る事にもなるんだよ?分かってる?」 一度だけ視線を上げ、まるでお節介な教師のように言う雲雀。それは確認するようでいて、合意を求めていた。 日出人が吐き捨てるように応じる。 「この歳でおべんきょうなんて、やってられるか。」 日出人も雲雀も、まだ学校に通っていてもおかしくない年齢ではある。しかしそれぞれの置かれた環境から、義務教育を終えた後はそれぞれのやり方で、文字通りその身一つで、身を立てていた。生まれつき体の弱かった雲雀はもとより、日出人もまた、雲雀の傍らにいる為にはそうする事しかできなかったのだ。 「あん、ダメぇ!ヒデのおっきいから一気に入れないでぇ!」 雲雀が甘えた声を出し、体をくねらせる。卑猥なタトゥーと豪奢なピアスを積んだ裸体は照明を跳ね返し、ギラギラと光っていた。 そんな反応には構わず、ミチミチと音さえ立てそうな深さまで沈み込ませる。内側を傷付けないようにゆっくりとした動きは、今やすっかり慣れたものとなっていた。 根元まで結合すると、雲雀は閉じていた目を開く。青い瞳は少しだけ潤んでいた。 「へへ、入っちゃった…」 にやりと満足げな表情を浮かべ、相手の顔色を探るように上目遣いになる。 「そういうビョーキになっちゃったら、誰かにうつしたくなるらしいよ。」 「このタイミングでよく言えたな…」 振り回されるばかりの日出人も呆れたように、眉間に寄せた皺をますます深くした。 その反応を見、楽しげに笑う雲雀。 「いーのいーの!死ぬ時はヒデと一緒だから!」 それは、子供の頃からの雲雀の口癖だった。 生まれた時から入退院を繰り返し、先は長くはないと思われた幼少期。傍らに居たのが日出人だった。まだ死という出来事を理解していないとしても、自身、あるいは相手が居なくなってしまうのではないかという漠然とした恐怖は二人の間に常にあった。 それならば、居なくなる時も一緒がいい。 そう言い出したのはどちらが先だったか。日出人は忘れてしまっているようだが、雲雀は今でも事ある毎にその記憶を持ち出しては口にするのだ。 子供の頃の話はしたくない。けれどどうしても、思い出してしまう。 状況は変われど、今こうしている時もあらゆる意味で安全でない事に変わりはない。罹患し、発症すれば一生付き合っていかねばならない病気も数多くある中で、それは笑える冗談ではなくなっていた。 雲雀が日出人の首筋へ腕を回し、ねっとりと絡み付かせる。 「ねぇ、好きだよ。」 顎を少し上げ、目線だけを遣った体勢で甘く訴えた。客からは男殺しの異名を持つその艶かしい視線にも、日出人は顔を背けるだけで、何を言う事もない。 沈黙するその正直さに、雲雀は思わず眉根を下げて笑った。 「やっぱ答えらんないよね。ヒデは優しーもん。真面目クンだし。」 そうしていると、今度は開いた口に舌が捩じ込まれる。痺れる快感が走った後、くらくらと目眩のような感覚。頭の中を掻き乱されるような錯覚に陥る。親の口から餌を与えられる雛鳥のように、日出人の舌にむしゃぶりつく。 「ふ、う!…んんっ!」 唾液でぐちゃぐちゃになった唇の端や、喉の奥から声を漏らしながら、細い脚は日出人の腰へ絡み付かせていた。 夜遅い時間に呼び付けても、時には口論という形になっても、自身の言葉に応じてくれる日出人が、何故この時ばかりは何も答えられないのか。雲雀はその理由も知っていた。 黙ったまま、腰を押し付けてくる。都合よく一時しのぎもできない不器用さまでが愛おしい。 「答えなんか、いらない…ヒデが同じ気持ちになってくれるだけでいいんだ、ボク…」 それが一番キビシーみたいだけどね、と切なげに言う口元から目を背けるように、日出人は突き込む動きを激しくする。柔らかなベッドに両手を突き、腕に筋が浮くほど力を込めていた。 「アッ、アッ、アー…!」 それを受けて、雲雀が喉の奥から声を上げる。まるで落雲雀の鳴き声のように、不安定で高い音は防音壁にしっかりと反響した。 そうしながら、日出人の頭をかき抱いていた。視線を落とし、現実からも目を背けたがっているかのように快感に没頭させてくる様子を、雲雀は愛おしく思っていた。 目を背けても尚、日出人の視線の先には繋がって糸を引く結合部があり、先の言葉通り、やはり自分以外を見る気など無いのだと感じ取る事ができた。それは、雲雀の望んでいる感情とは少しばかりずれた所にあるものの、日出人が表現できる精一杯だった。 「キモチー…ヒデ、もっとぉ!」 感じる事だけに集中するように目を閉じ、巻き付けた脚に力を込めて、叫ぶ。 本来ほとんど閉じている筈の部分が太く押し広げられ、他の行為では得がたい快感を塗り拡げるかのように、何度も突き込んでくる。痩せ型の身体の中でそこだけが不自然なほど肉付きの良い尻は、腰を叩き付けられ、音を立てていた。 肥大した乳首を環状のピアスもろとも引っ張ってやると、顔が見えなくなるほど頭をのけ反らせ、言葉にならない声を上げてびくびくと何度も痙攣する。胸元のスターナムが輝き、喉仏がある筈のそこに押し上げられた、見知らぬ誰かの名前が歪む。 裏側にもピアスを着けられた舌を吐き出し、ひっひっと苦しそうに喘ぐ姿を、日出人は憐れむような目で見ていた。 視力の良い鳥であるトビになぞらえ、他人の欠点などをよく見つける目を「鳶目(えんもく)」という。 老眼の混じり始めた目には見えないのだろう。ピアスやタトゥーでも隠し切れない、柔肌に散った、無数の注射や点滴針の痕と縫合痕。それらを見て、美しいなどという言葉を無責任に投げ掛ける事がどうしてできるのか。 不意に、雲雀の高い喘ぎが止まる。細い身を苦しげによじると、そこに刻まれた黒い模様も連なってねじれていく。 「ヒバリ…?」 気付いた日出人もすぐに動きを止めて、呼び掛けた。 枕に顔を埋め、激しく咳き込む雲雀。肩を上下させる度、喉の奥からひゅーひゅーと苦しそうな音が鳴る。 白い枕カバーに、鮮血が散っていた。 「ビョーキなんて…産まれた時から持ってるっての…」 憎らしげに呟き、薄く血の混じった涎を垂らしながら歯を食い縛る横顔は幼ない。 日出人は少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに気を取り直し、目の前の小さな背中を撫で始める。 「そんなことで仕事なんて…やって行けてるのかよ。」 少々の呆れを含んで訊ねると、雲雀は苦しげに咳き込みながら、シーツと枕カバーが汚れるのも気にせず、顔を擦り付ける。肩越しに日出人を見る青い目は潤み、白目は充血して赤っぽくなっていた。 「パパが相手の時はちゃんと薬も飲んでるし、発作なんて出ないんだよ…」 根元を指で押さえて腰を引き、萎えてしまった中心を引き抜く日出人。こうなってしまっては続けるわけにも行くまい。咳はおろか呼吸をする度、繋がった部位から、途切れがちな振動が伝わってくるのだ。 心の何処かで安堵もしていた。いくら高級男娼を自称し、豪華に彩られた魅力を持とうと、その気の無い男を満足させる事はできない。 「ヒデのせいだ…ヒデが悪いんだ…」 小さなくちばしが支離滅裂な恨み節を呟いていた。 鼻水を啜り上げ、目元と口元を拭う。涙と涎と血にべっとりと濡れた手は震えていた。 「ボク、ヒデのことが好きすぎて苦しいよ…」

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