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第9話 泣き顔とちゅー

 光が僕の泣き顔をみてびっくりする。 「ちょっ……のぼる、どうした? 具合でも悪い?」 「ちが……感動して……」 「のぼる……」  光は細く長い指で僕の涙を拭ってくれながら、照れくさそうに口にする。 「のぼるがそれほど感動してくれるなんて、俺の歌も満更じゃないのかな」 「すごいよ、光君の歌は……!!」  僕がいつになく懸命に訴えると、光は小さく「サンキュ」と言った。  再び静けさを取り戻した部屋で、僕は前から気にかかっていたことを聞いてみることにした。いつもの僕ならそんな勇気なんてないのに、今は『U』の生歌を聞いたことで気持ちが高揚していたから。 「ねー、光君はどうして覆面歌手としてデビューしたの?」  光のルックスなら顔を出してデビューすれば一躍人気者になれるのに。  僕の質問に光は困ったように笑って。 「それは周りからも嫌って言うほど言われた。俺ならすぐに人気アイドルになれるって。でも俺の望みは歌だけで勝負することだったんだ。キラキラしたアイドルに憧れないこともないけどね。……それに」 「それに?」 「いやなんでもない。いろいろ悩んだけど、覆面歌手としてのデビューで良かったと思ってる。だって、俺がアイドルデビューしてたら、のぼるが俺のファンになってくれたかどうか分からないじゃん」  光の言うことも一理ある。光の容姿端麗ぶりは異常なレベルだ。歌よりもまず顔やそのスタイルの良さに目が行ってしまう。 「……それでも僕は結局光君の歌に惹かれたと思う……」  覆面歌手であっても、アイドルであっても。  いつかはUは、光は、その歌声で僕を魅了してただろう。  僕がそう言うと光は切れ長の目を見張って、抱きついて来た。 「ひ、ひ、光君?」 「のぼるって本当可愛い。おまえがUのファンになってくれてうれしいよ。まだまだマイナーだけどこれからもUを推してくれよな」  光は僕の耳元で囁いたあと、まだ涙の跡が残る頬にキスをした。 「~~~~っ」  頬へとはいえ、いきなりキスをされて僕は後ずさる。自分で顔が赤くなってるのが分かる。 「のぼる、真っ赤。かわいーい。俺たちもう唇へのキスも済ませてるのに、ほっぺへのキスでそこまで赤くなるか?」 「ひ、光君が一方的にしてきたんじゃないか。い、今だって、と突然っして来るからっ……」  光君にとってはキスなんて、慣れていることかもしれないけど、僕は免疫がないんだからっ。 「……もっと深いキスもしてみる?」  ずいと体を近づけて来て光が囁いて来る。 「じょ、冗談はーー」 「冗談なんかじゃないよ。俺、両方いけるけど、男相手にはまだキスどまりなんだよね……。のぼるともしてみたいな、深いキス」  真剣な声でそんなとんでもないことを告げて来る。  触れ合うだけのキスでもドキドキがとまらないのに、ふ、深いキスなんてしたら僕の心臓が持たない。 「のぼる」  光がグイグイと僕に近づいて来る。  僕はじりじりと後ずさり、部屋の扉にぶつかってそれ以上は行けなくなった。  光の超美形の顔がドアップになり、その形のいい唇が僕のそれに触れようかという時。  コンコン。 「のーくん、光君、ご飯できたわよ~」  母親の声に、光は一気に身を引いた。 「残念」  悪戯っぽく呟き赤い舌でペロリと唇を舐める光の姿はとても扇情的だった。

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