32 / 41

第32話 遊園地での出来事

 それから数か月は平和に過ぎて行った。  光ももう尾けられてる気配はなくなったよ、ってホッとしたように言う。 「諦めたってこと?」  と聞く僕に、明るく笑って。 「そうかも。確証が取れないことに焦れたのかな」  だとしたら僕の所為もあるかもしれない。だって今をトキメクUがいつも一緒にいるのが僕みたいな陰キャなのだ。誰もまさかそんなこと想像しないだろう。 「ってなわけで。明日の祝日どっか遊びに行こうか? のぼる」 「え?」  僕は少なからず驚いた。  陰キャな僕はともかく光も出不精なのだ。今まで二人で会う時はいつも光の部屋でばかりだった。  突然の光からのお出かけのお誘いに僕の胸は否応なしに高鳴った。 「たまにはさ、外で王道デートっていうのも悪くないじゃん」 『デート』というフレーズに僕の胸はまた一段と高鳴る。  光は冗談で言った言葉なのだろうけど、僕の心臓には悪い。 「どこか行きたいとこあるか? のぼる」 「行きたいとこ……」  陰キャな僕だって、妄想ぐらいはしてた。万が一恋人ができたら出かけたいとこ。  僕の中でデートの王道と言えばやっぱり。 「……映画か遊園地かな」  映画はともかく遊園地は子供っぽ過ぎかな……海とか答えた方がロマンチックだったかもしれない。  しかし、光は目を輝かせて。 「遊園地、いいじゃん。俺行ったことないんだよ」  すごく嬉しそうに答える。 「え? 光、遊園地行ったことないの?」 「うん。まあ。女の子にせがまれたことはあるけど……。……のぼるにだから言うけど、俺絶叫マシーンって超苦手なんだよ。テレビとかでタレントが乗ってるの見て、いつも思う。あんなのに乗れるなんておかしい。でもなんかみんなあれに乗りたがるんだよな。だから遊園地行ってもあれに乗るのはなしな」  僕は呆気にとられた。  光が絶叫マシーンが苦手。いつも飄々としている彼がそれを怖がるとは意外だった。  意外で嬉しい。僕だけが知る光がまた一つ増えた。  正直言うと僕の方は絶叫マシーンが大好きだ。子供の頃両親に連れられて遊園地へ行った時もあればっかり乗ってた気がする。 「いいよ。じゃ絶叫マシーンはなしで。明日、晴れるといいね」 「そうだな」  楽しそうに笑う光は少し子供っぽくて可愛く見えた。  翌日、晴天。  僕と光は電車に乗って郊外にある遊園地へと出かけた。  もう慣れたけど、光と一緒にいると見られまくる。主に女性にだがたまに男性にも見られる。みんな一様に光を見てポーッとうっとりし、隣の僕を見て意外そうに目を瞬かせる。  何で光のような綺麗な男の隣にいるのが僕みたいな冴えない奴なんだと不思議がる。  でももうそんな視線にも慣れた。  今この瞬間光の隣にいるのは僕で、それだけで充分幸せだ。  祝日の遊園地は混んでいた。やはり人気なのは絶叫マシーンで、それに乗らなければ案外待ち時間も少なそうだ。  遊園地の真ん中にある広場にはステージが設置され、何人もの男性が始まるのを待っている。誰か女性アイドルでも来るのだろうか。 「のぼる、行くぞ」 「あ、うん」  僕たちは大人しめのマシーンに乗り、触れあい広場でウサギに餌をあげ、オープンカフェで昼食を食べて、光の言うところの『デート』を目いっぱい楽しんでた。  事件が起きたのは午後、広場にあるステージの横を通り過ぎたときだった。 「助けて!」  そんな声とともに一人の女の子が光の腕に縋りつく。 「何?」  光が困惑気味に聞くと、その女の子は震えながら、 「あの人が刃物を持ってて……」  視線を少し先へと投じた。  そこにはどこか思い詰めたような表情をした一人の男性が立っていた。手には確かに小さなナイフを持っている。 「愛ちゃん。僕がどれだけ君にお金を使ってるか知ってるだろ。なのに、あんな一瞬の握手で済ませてしまうなんてあんまりじゃないか」  男が虚ろの呟く。  よくよく見てみるとその女の子はかなりの美少女だった。リボンで飾られたツインテール。フリルがいっぱいついた服。どうやらステージに呼ばれたアイドルのようだ。  光は素早く動き男から刃物を取り上げ、手を捻り上げる。すぐに警備員とアイドルのマネージャーらしき人がやって来る。  話をまとめてみると、女の子はやはり今売り出し中の女性アイドルで、ステージのあと握手会を催したのだが、前から異常なくらいそのコにハマっていた男が握手がなおざりだったといきなり刃物を出したらしい。  アイドル……須藤愛(すどうあい)という名前らしい……とマネージャーは光に丁寧にお礼を言う。 「気を付けてね」  光が最後に愛に笑いかけると、彼女は頬を染めてまたお辞儀をした。  この騒ぎの間中僕は完全にかやの外で、ただ立ち尽くしているだけだった。
ロード中
ロード中

ともだちにシェアしよう!