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第35話 別れの只中
光が大きなホールでライブをしている夢を見ていた。
僕は一番後ろの席で米粒みたいな彼を見つめている。
「光!」
どんなに声を張り上げてその名を呼んでも、大勢の観客の声に紛れてしまって光の元へは届かない。
不意に風景が変わって、僕の家の前。今度は光はすぐ傍にいる。
けど彼は余所余所しい顔で笑って、僕に言った。
「さよなら。もう会うこともないだろうけど」
僕が絶望の中でそのセリフを聞いた瞬間、目が覚めた。
見えるのは見慣れぬ真っ白な天井。
「……ああ、気が付いた?」
美人で名高い保健の先生を見て、自分が保健室にいることに気づいた。
「貧血だと思うからもう少し横になってなさい」
「先生」
「何?」
「花園君のことですけど」
もしかしたら、そのこと自体全てが夢だったらいいのに……という一縷の望みを抱いて訊ねてみる。
「ああ……花園君が今を時めくUだったってことね。もう学校中そのことで大騒ぎよ。今日は授業にならないでしょうねぇ。でも、すごくオーラのある子だったから。普通の子には見えなかったもの」
現実はやっぱり残酷だ。
そのときポケットに入れていたスマホがピンポンとメッセージの着信を知らせた。
光からだった。心臓が止まりそうになる。
『のぼる、ごめん。――高校に転校することになった』
メッセージは短いものだった。――高校と言えば芸能人ばかりが通う高校だ。
『そう』
僕はそれだけを返信した。
どうせ離れることになるなら傷口は小さい方がいい。
今までの光との思い出は楽しい夢だったとでも思って。
そのあとも何度か光からのメッセージが届いていたが、僕はそれを無視して何もかもを忘れるためにもう一度目を閉じ、眠りの世界へと落ちて行った。
どうかもう光の夢は見ませんように……と祈りながら。
U=現役男子高校生ということは世間に一大センセーショナルを起こした。
雑誌はこぞって書きたて、ワイドショーはしたり顔で彼の容姿や歌を称賛した。
それは多分光が一番嫌がることだったろう。
僕はと言えば、光の情報はシャットアウトしたいのに、周りはその話でもちきりで。
その中でも最も僕の心を抉ったのは遊園地で助けた女性アイドル愛とのことだ。
光のほうはどうか分からないけど、愛の方はインスタなどで、光に好意を抱いていることをにおわせてるらしい。
「あんな可愛い子に好意を持たれたら、光だって悪い気はしないに違いないよな」
僕は自室のベッドに寝転びながら独り呟く。
光からのメッセージは僕が無視し続けたら、ぱたりと来なくなった。
……所詮、僕はその程度の存在だったってこと。
光が傍にいなくなった今、僕の陰キャは前よりも酷くなってしまった。
ぴりりりり。
ベッドの頭の横に投げ出していたスマホが鳴り響く。
何気なく取り上げ、愕然となる。
電話の相手は光だったのだ。
……出ないつもりだった。出たら多分泣いてしまうし、思いが溢れてしまうから。
でも光からの電話は鳴りやまなくて。
「…………はい」
『のぼる?』
光の声は少し怒ってるように聞こえた。
「……うん」
『居留守なんて使ってんじゃねーよ』
「え?」
『外』
「え!?」
窓を開けて下を見ると、そこには久しぶりに見る光の姿が。
『降りて来いよ』
二階からでも分かる鋭い視線で光は僕を見ていた。
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