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第36話 再会
「どうして、俺のこと無視するんだ?」
慌てて光の傍に行った俺に、彼は鋭い声でそう聞いて来た。
「…………」
僕は何も答えることが出来なかった。
無視したわけじゃない。そう伝えたかったけど、口を開けばその途端に泣いてしまいそうだった。
「俺はのぼるのこと……親友だって思ってるのに」
光が肩を落とし、切なそうな顔をする。
親友……それは僕にとって一番近くて、でも遠い存在だ。
「……ごめん……」
ようやくそれだけを言葉にする。
光が急に戸惑う。
「泣くなよ、のぼる」
やはり言葉とともに涙もあふれてしまったようだ。
今まで耐えていた不安や不満。
光への恋慕の思いと、愛への醜い嫉妬心。
それらの思いがグルグルして涙は止まらなかった。
光が涙を流す僕を見て困っているから、早く泣きやまなきゃと思うのだが、止まってくれない。
「ごめん、きつい言い方して」
「ううん、違う、違うんだ……光……」
しゃくりあげながら必死に言葉を紡ぐ僕の肩をそっと引き寄せ、光が抱きしめてくれる。
赤ん坊をあやすように背中を優しく叩いてくれて、僕の涙が止まるのを待ってくれる。
あんまり優しくしないで欲しい。
失うときが怖いから。
「光、離して。こんなところを誰かに見られたら……」
「別に。俺たち友達じゃん。ハグして何が悪い?」
優しい、優しい光。
U=光だってこと、世間にバレて欲しくなかった。
愛と出会って欲しくなかった。
僕だけの光でいて欲しかった。
君を独り占めしていたかったんだ――――。
「落ち着いた? のぼる」
「ん……ごめんね、光」
ようやく枯れた涙の跡が残る頬に、光が長く細い指を這わせる。
「そんな何回も謝んなよ。……ちょっと公園まで歩こうか?」
僕の家の近くには小さな公園がある。遊具もほとんどなく夜中になると、不良グループのたまり場になっていることも多いが、この日は幸いにも誰もいなかった。
小さなベンチに二人して腰かける。
なんとなく気まずい。
光とはしばらく会ってなかったけど、そのあいだに少し痩せたようだ。
なんてそんなことを考えていると、光が、
「のぼる、しばらく会わないうちに痩せたな。もしかして俺の所為?」
困ったように眉を下げ、言った。
確かにスクープが発覚してから食欲がないから、僕も痩せたかもしれない。
でも僕は光の体の方が心配だった。
「光こそ。事務所の人にひどく怒られたりした?」
「うーん……それほどでも。事務所の方もそろそろ俺の正体明かしたかったみたいだし。正体がバレてやだったのは俺の方。事務所に怒られたのは愛ちゃんとの熱愛騒動の方かな」
『愛ちゃん』
その親し気な呼び方に胸が痛んだ。
「……光、今はどこにいるの?」
実はこの騒動の間に僕は一度光のマンションを訊ねてみたのだ。けれどももうそこは誰も住んではいなかった。
「今は事務所が用意してくれるホテルを転々としてる。ちょっと訳あってUが俺だとばれたからには一つ所にいれなくて」
「……そうなんだ……僕はてっきり」
「てっきり、何?」
「彼女のところにいると思ってた」
僕の言葉に光が不審そうな顔をする。
「彼女?」
「…………愛ちゃん」
「はあ? おまえ、あんなスキャンダル鵜呑みにしてんのかよ。だいいち彼女と会ったのはのぼるも知っての通りあの遊園地が初めてだし、あとは二回ほど電話で話しただけだよ」
「そう、なの?」
「ああ。愛ちゃんも売り出し中のアイドルだからスキャンダルはご法度だろ? それを俺とのことで騒がれて、『ごめんね』ってそんな話を電話でしただけ」
ああ……光は愛ちゃんの気持ちに気づいていないんだ。
屈託なく愛との関係を否定した光に、僕は安堵と、それでも感じる嫉妬を同時に感じていた。
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