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第41話 親

「……きて、起きて。のぼる」 「ん……」  次の朝、僕は大好きな光の声で目を覚ました。 「あ、起きた? ルームサービス来たよ」 「……んー……光?」  ゆるゆると意識が現実へと戻って来る。 「あ!! 学校!!」  僕は叫んで飛び起きようとして叶わなかった。体に残る鈍痛が僕をベッドに縛り付ける。  焦る僕に、光は苦笑した。 「ごめん……昨夜はちょっと無茶しずぎたみたいだね。それともう昼前だよ。今から学校行っても遅いと思うけど」 「…………」  昨夜の痴態の記憶が蘇って来て、僕は一人赤くなる。 「このホテルのピラフ、美味いからルームサービスそれにしといたけど良かった?」 「……うん……」 「体起こすのまだ辛いだろ? 俺が食べさせてやるよ」 「いいよ、自分で食べれるから」 「俺が食べさせてあげたいの」  光は枕を僕の背に当て上半身だけ起き上がる体勢にすると、ホカホカと湯気をあげるピラフの乗ったスプーンを僕の口元に持って来る。 「はい、あーん」 「光……恥ずかしいよ……」 「なんで? 俺たち親友同士なんだから別にいいじゃん」 「…………」  いったい光にとって『親友』とはどういうものなのだろうか?  抱き合って、キスして、セックスして。  『はい、あーん』  これって世間で言う『恋人同士』みたいじゃないか。  それとも芸能界という世界に住んでいる人間にとっては、これが当たり前のことなのだろうか。  じゃあ……。  じゃあ、光が愛とそういう関係になっていても不思議じゃない?  僕にするようにキスをして、セックスして……。 「のぼる、口開けて」 「今、食べたくない」 「だめだよ。昨夜から何も食ってないんだから。はい、あーん」  光がスプーンを持って、ニコニコ笑いながら近づいて来る。  光の笑顔には一種の魔法のようなものがあるのか、結局僕は光に食べさせてもらって食事を終えた。デザートのアイスクリームまで光に食べさせてもらって。 「……今度はどこに行くの?」  ホテルをチェックアウトする用意をしている光に問いかける。 「うーん。事務所からの連絡でまた都内のホテルに戻る」 「ねえ、どうしてそんなにあちこち移動しなきゃいけないの? もう正体はバレたし、ちゃんと落ち着いた方がいいよ。光、疲れてるみたいだし」 「……そうしたいんだけどねー」  前に住んでいたマンションから引っ越したのは仕方ないとしても、どうしてこうホテルを転々としなければいけないのか分からない。光も体が休まらないだろうに。 「歩けるか? のぼる」 「大丈夫」  まだぎこちないヨチヨチした歩き方だけどなんとか一人で立って歩けるようになった。 「じゃ、行くぞ」 「うん」  ホテルマンたちに深々と頭を下げられ、その一流ホテルから一歩外に出た瞬間、 「光!!」  一組の中年の男女が僕と光の前に飛び出した。 「?」 「――っ」 「光? どうしたの!?」  光は真っ青だった。 「どうして、ここが……?」 「そりゃ分かるさ」  その中年男女は随分やさぐれているように見える。 「これでも、おまえの親だからな」 「えっ?」  光の親? 「血眼になって探したぜ?」 「そうよ、光」  品のないその風貌は光と全然似ていない。でも。 「……父さん、母さん。あんたらが探してるのは俺じゃなくて、金だろ?」  冷たい、今まで聞いたことがないほど冷たい光の声。  整いすぎた顔は無表情で。 「どれだけ俺と母さんがおまえを探していたと思ってるんだ? 突然家から消えやがって」  光はジャケットの胸ポケットから財布を出すと、一万円札をその中からごっそり取り出し、目の前の両親を名乗る男女に投げつけた。 「ほらよ」  一万円札は風に舞い、あちらこちらに飛んでいく。  それを追いかけるさまは僕の目から見ても浅ましかった。 「のぼる! 行くぞ」  光は僕の手を掴むと思い切り走り出した。  まだ昨夜の情事の名残が残っていた体が悲鳴を上げたが、僕は懸命に走った。  光はあの二人から逃げたがっている……それが伝わって来たからだ。
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