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第44話 遭遇
光の言葉が僕の心をズタズタに切り裂く。
全てが終わったと思った。
もう以前のような『親友』にさえ戻れず、光が僕に歌を聞かせてくれることもないだろう。
「……さよなら……光」
僕は絶望の中それだけを振り絞って言うと、部屋を出る。
光が僕の方を見ることは決してなかった。
帰りの電車の中、僕は一人思う。
結局僕は光の何だったんだろう?
ついさっき聞かされたばかりの光の辛い過去。僕はそれをまぎらわすための存在だったのかな。
太ももの上で握った腕に涙の滴が落ちた。
翌日の放課後。
僕は凝りもせず光が滞在しているホテルへと向かっていた。
僕はまだ光が好きだ。諦めきれない。
女々しいと言われても、何と言われても。
電車の中、車窓の風景を見ながら思うことは、はっきりとした拒絶が欲しいということだけだった。
謝ってなんか欲しくない。
おまえなんか嫌いだ、迷惑なんだと言われたら、もう光のことはきれいさっぱり忘れる。
曖昧に遠ざけるのじゃなくて、はっきりとした別れが欲しかった。
都内の一流ホテルに着いた。
ホテルの前に来てハタと気づく。光は最上階のおそらく特別室にでも泊まっているのだろう。
はたして制服姿の僕がその部屋まで行けるのだろうか?
そんな悩みを抱えつつ、僕は昨日車でやって来た駐車場へと来てみた。
そこのエレベーターからノンストップで最上階まで行けるはずだ。
僕は目の前のエレベーターのボタンを押した。もし警備員とかにとめられたら、そのときは光の名前を出すしかない……それは不本意だけど。
でもそれは杞憂に終わった。
僕を乗せたエレベーターは最上階で軽やかな音を立てて止まる。
ドキドキしながら一歩を踏み出した僕の耳に声が飛び込んで来た。
「気を付けて。見られないようにね」
間違いようもない光の声だ。
そして、光の言葉に答える声は――。
「うん。大丈夫、ありがとう、光くん」
遊園地で光が助けた女の子……今は光との熱愛が噂されてるアイドル、愛だ。
僕はクラリと立ち眩みを感じた。
愛が光の部屋にいた。
そして光が優しく笑いかけている。
僕は自分がとんだピエロだと感じだ。
嫌いと言って欲しいなんて、はっきりと拒絶して欲しいなんて、そんなふうに思ってこんなところまでやって来て、仲睦まじい光と愛の姿を見てしまうなんて。
これが理由だったんだ。光は愛と付き合ってるからもう僕は要らなくなったんだ。
「……っ……」
声が喉に詰まった。
光が気づき、僕の方を見る。
「のぼ、る?」
大きく目を見開く光。愛が不思議そうな表情でこちらを見る。
「だぁれ? 光くん」
「……親友」
光と愛がゆっくり僕の方へと近づいて来る。愛は光の腕に自分の腕を絡ませている。
今すぐここから逃げたかった。
けど、エレベーターは行ってしまったあとで、僕たちは対峙する。
「愛ちゃん、外に出たら気を付けて。タクシーを呼んであるから」
光が言い、絡まっている愛の腕を解く。
「ん。じゃあ光くん、またね」
やがてゆっくりとエレベーターがやって来て愛はそれに乗り込んで帰って行った。
広いフロアに二人取り残される僕と光。
光は自分の部屋の扉を開け、僕を手招く。
「とにかく中に入れよ」
その声は今まで聞いたことがない冷たい声だった。
部屋の扉が閉まった瞬間、光が問いかけて来る。
「何の用? もうのぼるには用はないはずだけど」
「……愛ちゃん、昨日ここに泊まったの?」
「……泊ったよ」
「そう」
僕の心はもうボロボロだったけど、最後の最後……僕の気持ちを殺してしまう一言を請う。
「光、僕のこと嫌いになったの?」
途端に光が小さく笑いだす。
「嫌いも何もない。興味がなくなった、それだけ」
冷たい声と瞳。整いすぎた顔はまるで人形の様。
「……うん。分かった。……光、これからも頑張ってね。迷惑かもしれないけど応援してる。……さよなら」
今度こそ本当に。もう二度と会うこともないだろう。
瞬きをするのを我慢し、涙が溢れそうなのを我慢する。
ドアノブに手をかけて開けようとしたとき――。
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