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第48話 運命の神様
光が僕の腕の中から這い出て来て、僕と視線を合わせて来る。
切れ長の光の目が大きく見開いている。
「のぼる……それってプロポーズ?」
「へっ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。重く息苦しかった空気が一気に入れ替わったような気がした。
「えーと……」
確かに僕が言ったセリフは聞きようによってはプロポーズの言葉に聞こえなくもない。
こんな僕が、それこそ一生結婚なんかできないと思っていた僕なんかが、まさか同性相手にプロポーズめいた言葉を言う日が来るなんて想像もしていなかったけど。
でも。
光にはいつも幸せな気持ちでいて欲しい。
いつも笑って。
涙が止まらないくらい感動的な歌をいつも歌っていて欲しい。その歌を傍で聴きたい……一番に。
物心ついたときから辛い思いをして来た光。
虐待を受けて育って、僕に暴力を振るいたくないから『親友』という立場でいようとしてくれた光。
そんな優しくて誰よりも傷つきやすい光が僕に手を上げるなんて余程のことがなければありえないと思う。
だから。
「いっ、いけない?」
あえて僕は否定しなかった。
「こんな俺でいいの?」
「光がいい」
「手を上げるかも――」
「上げない。上げさせない。しつこいよ、光」
僕が照れ紛れに、睨みつけると、光は額に手をやり、
「……参ったな。まさかのぼるに逆プロポーズされるとは思ってもいなかった」
そして泣きそうな顔で笑った。
***
「のぼる、また光くん、一位よ~。すごいわね」
夕食時、父さんのご飯のおかわりをよそいながらも母さんの目はテレビに釘付けだ。
「まさかのぼるのお友達がこんな有名なスターなんてねー」
うっとりと呟く母さん。
テレビの中では余所行きの顔をした光が歌番組に出ている。
光の新曲は初登場、一位だった。
勿論僕はこの歌が世間に流れるずっと前、まだちゃんとした形になる前に聴かせてもらっていた。
すっかり顔が割れて、覆面歌手ではなくなった『U』は今、トップスターだ。
この前、光に逢ったとき、ドラマの主演の話まで来ていると言ってた。勿論断るらしいけどね。
「明日、光くんと会うんでしょ。のぼる」
「うん」
「じゃ、このジャガイモの煮っころがし持って行ってあげて」
「はーい」
光は今ようやく落ち着けるマンションを事務所が見つけて来て、そこで独り暮らしをしている。
あのクズの両親とは事務所があいだに入って、訴訟中らしい。
光はカウンセリングにも通い出した。
明日僕もそのカウンセリングに一緒について行き、そのあとは光の部屋でデートだ。
本当は以前のように遊園地とか行きたいけど、パニックになっちゃうからね。
「……光、おつかれ。先生、なんて言ってた?」
診察室から出て来た光に僕は声をかける。他に患者はいない。
このクリニックは特別完全予約制で、患者と患者が合わないようにたっぷりな時間を取ってある。
「うん。随分表情が明るくなって来たって。それと虐待を受けた人間が百パー虐待を繰り返すってことはないから、思い詰めないこと、とも言われたよ」
「良かったねー。じゃ薬貰って、光の家行こうか」
「ああ。……でもさ、のぼる。なによりも俺の薬はのぼるだからね」
「なっ……何言って」
「照れちゃって。可愛い……のぼる。おまえと出会わせてくれた運命の神様に感謝だよ。おまえがいなきゃ俺、きっと何もかも投げ出してた」
「光……」
運命の神様か……。
あの夜、ラジオから流れて来た光の歌声との出会い。
あれもまた運命だったのかな。
きっと、そうなのかもしれない。
運命の神様はよほど変わり者みたいだ。
だって眩しいくらいの光とこんな陰キャな僕を結び付けてくれるんだから。
受付の女の子に聞こえないように光がそっと僕の耳に囁く。
「今、歌、思いついた。帰ったら聴いてくれる? のぼる」
「えっ!?」
「新曲だよ。今卵の殻を破って出て来たばかりの曲」
「聴きたい……!」
「じゃ早く帰ろう」
光が整った顔を微笑ませる。
僕だけに向けられる特別な笑顔……余所行きじゃない真実の光の笑顔。
眩しい笑顔を、生まれたばかりの曲を、規則正しい鼓動を。
直接感じられる僕は誰よりも幸せ者だと思う。
どうか運命の神様、この幸せがいつまでも続きますように。
お願い――――。
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