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金曜日の夜②
首根っこを掴まれ引きずられること数分。
自暴自棄になった俺を迎えたのは、随分と洒落た一軒家。
庭はなく、ガレージもない。道に面した扉には”Close”と書かれた黒猫の表札。
男はその扉の前までいくと俺に「逃げるなよ」とだけ言って俺の襟から手を放した。
大人しく男の言う事を聞く必要性はないので改めて逃げる、という選択肢が脳裏をよぎったが止めた。
理由は至極簡単で疲れたからだ。
知らない場所を無我夢中で走って、走って、走って。ここがどこなのかを考える事すらどうでもいいと投げ出してしまうほど、俺は疲れていた。
ズボンのポケットから鍵を取り出し扉を開けようとする見も知らぬ男がどういう奴なのか。そんな事すらどうでもいい。
でもあのまま突っ走っていたら、本当に出られない迷路に足を踏み入れそうだった俺を踏みとどめたのもこの男で。
「ほら、入れよ」
扉を開けた男が、俺の背中を軽く押す。
促されるまま足を踏み入れると、店内は真っ暗だった。
「店?」
「バーな。どこでもいいから座れよ」
言い放って男はそのままカウンターのさらに奥へと姿を消す。
同時に淡い暖色の光が店内を染めた。
座れったって……。
改めてみる店内は、それほど大きな店ではなかった。
3人程が座れるカウンターと5席のテーブル。
おずおずとさらに一歩を踏み出した俺は、探るように店内を見渡しながら一番奥の机へとたどり着く。
黒い大きなソファがあって、ゆっくりと腰を下ろす。硬そうに見えたそのソファは意外と柔らかく、体ごと沈みそうになる心地よさに俺はそのまま横になって身を預けた。
天井に大きなファンがついている。心地よい木の香りが鼻を擽って、瞼がとろんと落ちてきた。
眠ってはいけない。せめてあの男がもう一度戻ってくるまでは。
そう自分に言い聞かせても、疲れ切った体は言う事を聞いてはくれなかった。
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