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土曜日の遅い朝食①

父親の顔はあまり覚えていないけれど、優しかった印象がある。  ぼんやりと頭の片隅にある記憶はいつも笑っていて、大きな手で頭を撫でられるのが好きだった。  よく肩車をしてくれて。そんな俺と父親の隣を母親が歩いている。  母親はとても眩しい人だった。見た目もそうだが、性格も朗らかで肩車をしてもらっている俺を下からのぞき込んで「よかったね」と笑う。  父と母はよく手を繋いでいて、俺はそれを見るのがうれしかったし、度々その間に体を割り込ませて笑った。 「……、きろ……」 「うーん……、もう少し」 「お……って、起きろって眠り姫ちゃん」 「っ誰が眠り姫だ、ぶっ殺すぞ!!!」  女扱いはあれ程すんなって度々言ってるのに、なんで理解しない!額にトントンと感じる違和感を掌で思いっきり払いのけて俺は上半身を起こした。  同時に体にかけられていた毛布がバサリと床に落ちる。  慣れない場所で寝たからか、体がバキバキに固まっていて悲鳴を上げた。 「っ……痛てぇ…」 「そりゃこんな狭い場所で熟睡したらな。おはよういい夢みれた?……っていってももう昼時だけど」  俺が勢いで落とした毛布を手に取って畳むのは、全く見知らぬ男だった。 「え、誰」 「そりゃこっちのセリフ。まぁいいや、お前何飲む。ジュース?コーヒー?お子様にはホットミルクか?」 「子供扱いすんな」 「いやどう見ても子供だろお前」  毛布を片付けた男がチラリと俺を見て笑う。 「とりあえずこっち来て座れよ」  カウンターを指の背で叩いて男が言う。  男の言う侭に動くのは癪だが、じっとしていても仕方がない。  俺はソファから腰をあげ、男の指さすカウンターへと移動する。  そこには今まさに焼けたばかりのホットケーキと等間隔にカットされたバナナが添えられていた。 「食っていいぞ。んで、何飲む?」 「……カフェオレ。甘いやつ」 「オーケー」  ホットミルクに対して噛みついた俺がカフェオレと言ってまたバカにされるかと思ったが、男は二つ返事でカウンターの端へと姿を消す。  昨夜とは異なり店内は暖かくて、目覚めたばかりだというのに冷えは一切感じない。  皿に添えられたフォークとナイフにゆっくりと手を伸ばすと、ホットケーキの上にのせられたバターの香りが鼻を擽った。  気が付けば、口いっぱいにホットケーキを頬張っていた。 「……おいしっ」  中はふわふわで、外はカリッとしてる。熱々だからバターもいい感じに広がっていて、何より甘い匂いが食欲をそそる。  口休めにバナナを咀嚼して、飲み込んだタイミングで俺の目の前に真っ白な物体が差しだされた。  掌サイズのカップにふわっふわでもこもことした何かが乗っている。耳があって、真ん丸のかわいい円らな目がある。  カップが揺れると、もこもこした耳もつられて揺れた。 「お待たせ」 「すごっ……え、可愛い。飲んでいいのこれ」 「飲み物なんだから飲まずにどうする。冷めないうちにさっさと飲んじまえ」

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