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土曜日の遅い朝食③

「へぇ、ただの口の悪いガキかと思ったら礼儀はあるんだな」 「だからガキっていうなってば」  この男はいちいち一言余計だ。  人に助けてもらったら、親切にしてもらったら"ありがとう"。詩子ちゃんの教えその1だ。 「んで?ハルちゃんは今いくつ?」 「なんだよ、そのハルちゃんって…」 検討のつく答えを言う匠に俺はジト目を向ける。 「ミツハルならハルちゃんだろう?」 「"ちゃん"をつけるな!俺は男だって何度言ったら」 「あー、はいはい分かってるって。でもそんなに自己主張したいなら、自分で自分の責任取れるぐらいになってから吼えろよ。お前いまいくつ?」 「………………さい」 「え?12歳?」 「違う!!16歳だ!!」  12とか下手したら小学生じゃねーか!わかってて言いやがったな、とギッと睨みつけて訂正すれば匠はふぅん?と言ってコーヒーカップに口をつけた。 「12歳も16歳も俺には大差ないけどね。どのみちあんな時間に外にいていい年齢じゃない。何、家出したの?」 「違う、そんなんじゃ」 「……まぁ、いいけど。俺は他人の事情に首を突っ込む質じゃない。でも未成年があんな路地裏に一人っていうのは常識を持つ大人からしたら感心しないな。変な奴に食べられちゃうよ?」  食べられるってなんだ。 常識のある大人なら事件に巻き込まれるとかそういうのだろう。百歩譲って連れ去られるとかそういうの。 「……俺は男だから」  問題ない。男の俺に手を出すなんてよっぽどの変わり者か変態だ。という言葉は早々に口から出すことは適わなかった。  俺の目の前でにっこりと笑う匠がコーヒーカップをソーサーの上に置いて言う。 「こんな所にのこのこバカ正直に付いてきて?」 「なっ、ばっ?!」  反射的にあげかけた手は匠の大きな手のひらに上から押さえつけられてカウンターに縫い止められた。  もう片方の匠の手が、指先が、俺の顎にかかったかと思えばくいっと上を向かされる。カウンターの向こう側から身を乗り出した匠の顔が目の前にあって、咄嗟に目を瞑った俺の唇の端を温かい感触がペロリと掠めた。 「ホットケーキついてた」  ほんの一瞬の事で、口端についてたホットケーキのカスを匠に舐め取られたという事実に頭が追いついてくるまで10秒ほどかかった。  羞恥と、羞恥と羞恥。顔にどっと熱が集まるのを感じる間もなく、俺は握っていたフォークを投げかけた。勿論手は匠に囚われているので実際は力がこもっただけだ。 「ってめぇ……」 「ハルちゃん顔真っ赤だね」 「ハルちゃん言うな、あと手ぇはなせ」 「やだね、離したらそのフォークこっちに投げられそうだ」 「よくわかってるじゃねぇか。穴あけまくって穴の空いた蓮根みたいにしてやるっ」 「ハルちゃん、俺が知ってる蓮根は最初から穴が空いていたと思う」 「五月蝿い!!」  言い合いから少しして、俺は匠の強襲を避けるべく残りのホットケーキを体で囲うように皿ごとカウンターの端に避難して食事を続けた。  全部食べ終わり、腹が満たされ冷静になると次に頭に浮かんだのはこれからどうしよう、という事だった。  匠は金は取らないと言ったけれど、実は今俺は一銭も持っていなかった。なんなら財布どころかケータイもない。今時の小学生もびっくりな身軽さには勿論理由がある。  匠に相談したら、助けてもらえるだろうか……。  でもまたバカにされそうだし。  それに、頼ってばかりというのもなんかヤダ。  いつも一緒に馬鹿騒ぎしてくれる二人なら、すぐに相談できるのに……。そう思ったら突然寂しさと心細さが込み上げてきて目にぼんやりと膜が張った。 「ハルちゃん」  せめて、ケータイだけでも手元にあればよかったのに。 「ハル、…………三治!」 「うわっ……わっ何?!」 「お前な、さっさと返事しろよ。さっきから呼んでるだろ。食べ終わったなら皿こっちによこして」  言われた通りに皿とフォークを匠に渡して「ごちそうさまでした」と言ったら、匠はまた小さく笑う。 「なんだよ」 「いいや、ころころと表情が変わって可愛いなと思って」 勿論俺が"可愛い"という言葉に反応して即噴火したのは言うまでもない。

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