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土曜日の不穏な視線②

「ほらこっち」 「お邪魔します……」  匠に促されて上がった家は確かに先ほどまで歩いていた通りからそれ程離れていなかった。  バスタオルと紙袋を両手に持たされ、そのまま脱衣所に押しこ込められる。最後に見た匠は家の奥へと入っていく後ろ姿だった。  姿見の鏡が置かれていてそこに映る自分はどこか不安気で、覇気がない。  昨日の朝、家を出るまではこんな事になるなんて思いもしなかった。 「せめて携帯があったらなぁ」  家を出た時に持っていたものは全て今、手元にはない。  全ての元凶に、置いてきてしまっている、……んだと思う。あんな事がなければ今頃俺は呑気に友達と休日を楽しんでいたに違いない。 「どうしたらいいんだろう……」    全部投げ出して、帰りたい。  弱音がチラついて投げやりになると、脳裏に男の嗤った顔が過った。それはほんの一瞬の事で男の顔の輪郭も、声も、話し方すら定まらないのにまるで悪意だけが鮮明にべったりと足跡を残すように不快だった。  そしてあの悪意が、ほんの少しでも自分の大切な人に向いてほしくないと思ったら、やはり全部諦めて帰る選択肢は選べない。      悶々とした気持ちで服を脱ぐ。 ご丁寧に匠は下着まできっちり買い揃えてくれていた。昨日会ったばかりの俺になんでここまでしてくれるのかわからないけれど、俺が時折警戒するような視線を向けている事に、きっとあいつは気づいている。  気づいていて、手を差し伸べてくれている。    根っからのお人好しなんだろうか。  細身とはいえ体が大きいから高圧的に見えるけれど、俺を相手に目を細めて笑う顔は優しそうな印象が募る。  子供扱いされるのは嫌だけど、あいつが気まぐれに髪をぐしゃぐしゃにしてくるのは嫌いではないと思ってしまった。  はぁ、っとため息を零してバスルームの取手を引く。  俯いた顔を上げた俺の目には、バスルームは映らなかった。  少なくとも俺の知ってるバスルームはこんなのではない。  散々子供扱いを嫌った俺が、渾身の悲鳴を上げたのは不可抗力だと言いたい。

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