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土曜日の不穏な視線⑥
「なんかその話だけ聞くと、君を助けたっていうよりは拐った感が強いね」
「そんな、助けてもらったのは本当だし、他にも色々」
宿めてもらって、ご飯も食べさせてもらって、服まで。
ふわふわとした着心地の良い白のタートルネックの上と、下は黒のスキニーパンツは道中匠が自分の為に買ったものらしい。
「なるほどなるほど、君って、うん」
「なんですか」
眼鏡の奥から覗く含みのある眼差しに、居心地の悪さを感じる。
「ううん、何でもない。ところでどうやって帰るの?帰り方、わかってる?」
「それは電車に乗れれば」
「お金は?」
「…………財布を落としちゃって、その」
「そりゃあいけないね!匠にそれを言わなかったの?」
「まだ、言ってなくて」
「じゃあオニーサンが君を助けてあげよう」
そう言って緒方さんがジーンズのポケットから出した財布のような物からつまみ取ったのは零が四つ付いたお札が三枚。
「やっ、ええ?!」
「匠と同じで僕も困ってる子を放っておける性分じゃない、ほら。遠慮しないで」
「い、いやでも」
まだ学生の俺にとって零が三つでも多い。
「嫌?」
「いやって言うか、電車に乗るだけだし。そもそも見ず知らずの人にこんな事してもらうなんて」
「あはっ面白いこと言うな君は。確かに俺と君は見ず知らずかもしれないけど、匠とだって昨日今日の関係だろ。匠が君を助けたのに、俺が君を助けない理由はない」
そう言って一度部屋から出た緒方は暫くしてまた部屋に帰ってきた。
その手には俺が着てきたダッフルコートが。
「あいつはちょっと人を振り回す悪い癖があるからね。君は見るからに未成年だし、冬の日は落ちるのが早い。まだ明るいから、もうお帰り」
「でも……」
俺は緒方さんのいる向こう側、バスルームに続く扉を見た。
「あいつには僕から言っとくよ。もしどうしても気になるなら、家に帰って落ち着いた時にまた来たらいい」
「…………」
確かに俺には匠とこれ以上一緒にいても俺が匠に何かできることはない。
むしろ昨日から迷惑をかけ続けているだけだ。
緒方さんの言っていることは当然の事ばかりで、そこに不自然なことはない。
なのに、何故だろうか。
"さっさと出ていけ"と言われているような気がする。
匠が風呂から上がってくる気配はない。
俺は考えても返す言葉が見当たらなくて、マグカップを診療台の上に置くとゆっくりと椅子から立ち上がる。
緒方さんからコートを受け取り袖を通すと、一緒にお金も持たされた。
「ありがとうございます」
「ん、気にしないで。電車に乗るんだよね」
ここからどう行けば駅に近いかを教えてくれる緒方さんはずっと笑顔で、なのに俺は笑い返すことが最後は出来なくなっていた。
「そんなに遠い場所じゃないけど、駅まで一人で行ける?大丈夫?」
「大丈夫です。あの、色々とありがとうございました。匠にも伝えてください。お金も、ちょっと時間かかるかもだけどきちんと返すんで」
「ん。そっちは気にしないで。なんてったって僕はミツハル君より十年も多く生きてるからね」
「じゃあ、さよなら」
「道中気をつけてね」
そう言って、俺は匠と緒方さんの二人がいる家を後にした。
外に一歩踏み出した俺を照らしたのは、ほんのりと赤みを帯びた太陽だった。
緒方さんの言う通り、あと1時間もすれば太陽は沈み切ってしまいそうだ。帰宅するタイミングとしては丁度いい。
手の中には、家に帰るだけならかなり多めに持たされたお金。
このまま帰る前に、俺は昨日の始まりの場所へ一度向かうことを決めた。
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