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土曜日の攫われた夜①
***
元々俺がこの街に出てきたのは、春からこの街で一人暮らしをするという友人を訪ねるためだった。
通学にかかる時間が実家から通うより格段に短くなり、ショッピングセンターや、病院、市役所へのアクセスも良い。
下見ついでに友人の家に寄って、入居が間に合いそうなら一緒にどうか、と言われていた。シェアでもいいし、一人暮らしだとしても隣の部屋がまだ空いているらしい。
学生用のアパートだからそれほど高くもない。
その話を聞いた時見知らぬ土地への高揚と、一人しかいない身内が思い浮かんだ。多分顔にも出ていたんだろう。
ずっと俺を養ってくれた人を一人置いてあの土地から離れる事は難しいなと思った。
少なくとも、自分からは到底言い出せない。
とりあえず、見に来るだけでもどうか、と誘ってもらったのが二月の終わり。金曜の夕方に向こうで友人と合流して、その夜は友人のアパートではしゃぎまくる。
土曜日はアパート近隣を買い物ついでに探索する。
そういう予定だったんだ。
――――――あの人にさえ、出会わなければ。
友人と約束した駅からすぐ見える大型ショッピングセンターの一箇所しかない喫煙所前での待ち合わせは結果から言うと、惨敗だった。
普段自分の住む街からあまり外へ出ない俺はこういう時見事に迷子になる。
駅舎から一目でショッピングセンターだとわかる場所を目指して歩いたのにどうして迷うのかと、迷子になる前の自分を罵倒した。
もう友人に電話をして、白旗を上げよう。
迷子になった事で多少揶揄われるだろうがこのままでは日が暮れてしまう、とズボンのポケットから携帯を取り出し、画面を指先でなぞった時だ。
「あの、落としましたよこれ」
背後から掛けられた声に対して、俺は振り向いた。
そこには俺に向けて差しだされた手があり、その上には見慣れた財布がのっかっていた。
「え、っわ……うそ!すいません!」
大した額は入っていないけれど、肝心なのは落とした事にさえ気づいていない事だった。
迷子になった事や携帯にばかり気が向いていて、きっと安心した頃に今度は財布がなくて大騒ぎしてた事だろう。
俺は手に持った携帯を一度ズボンのポケットに突っ込みなおして、差しだされた手の上から財布を受け取った。
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