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土曜日の攫われた夜②
「そのっ……、ありがとうございます」
「気にしないで。ずっとキョロキョロしてたみたいだったから、多分これかなって。すぐそこの道に落ちてたよ」
男性はブラウンの明るいチェスターコートを着ていた。話す仕草は柔らかく、耳の位置より若干長いぐらいの前髪を横に流していた。
人当たりの良さそうな、落ち着いた男性だ。
きょろきょろしていたのは財布を無くしたからではなく、迷子になっていたからで、それを正直に言うのは少し恥ずかしかった。
「その……まよっちゃって……。あの!ここのショッピングセンターにある喫煙所ってどこらへんにあるか知ってますか?一つしかないって聞いてるんですけど」
尋ねると、男はパチクリと目を瞬かせてすぐにその視線を柔和なものへと変えた。
「いいよ、ここ広いものね。……僕が案内してあげる」
付いてきて、と言われて俺は喜んで男の後を追った。
目的の場所に案内されるまで、お互いの事を結構話したと思う。
男は二十五才だと言っていた。大学の同期の集まりが近くの居酒屋であるのでショッピングセンターの駐車場を横断していた途中なのだと。
他にも色々と話して、そう…………俺は話し過ぎたんだ。
俺は知らない大人を、勝手に”いい人だ”だなんて決めつけて。
腹のうちに何を抱えてるかなんて考えもせずほいほいとその男の後をついて行った。
知らない人について行ったらいけないよ、なんて。小学生の頃から耳に胼胝ができるぐらい聞かされていたのに。
どさり、と音を立てて男の肩に担がれていた体がコンクリートの上へと下ろされる。
それほど高さは無かったけれど、やはりまともに受け身を取れなかったのはまずかった。肩先から腕、肋骨まで伝わる鈍い痛みに息が詰まる。
「おい、大事に扱えよ!」
「だってこいつ、暴れるんだもん。面倒くせーし、脇腹いてーし」
複数の知らない男の声。
複数の知らない男の顔。
「こ、…………っのっ」
俺は痛みで体を丸めながらも、縮こまった肺になんとか酸素を送って、俺を雑に床へと落とした男達を睨み上げた。
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