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土曜日の奪われた夜 the point of no return②

「売って欲しいって頼まれた物があってね。まだこんな扱い難い形だけど、その内もうちょっとお手軽になる」  そう言うマサカドはソファに座り足を組み替えて、また煙草に手を伸ばした。ゆっくりとした動作で煙草をくわえて火をつける。  俺はマサカドから距離を取るためにソファから飛びのいてローテーブルを回り込みマサカドとは反対側へと逃げた。  キッチンへと向かった司さんも気になるが、今はマサカドの方が怖かった。 「何の話をしてるのかわかんない」  本当になんの話をしてるのか俺にはさっぱりわからなくて、でも針を刺されたであろう腕はジクジクとした痛みで少し熱を感じている。  何をされたのか分からない不安に押しつぶされそうで、怖い。  怖くて、怖くて、気が緩んだら泣きそうになるのをぐっとこらえて、とにかくマサカドを睨みつける。 「わからなくていーンだよ。お前は俺が言った通り客を取って、薬売ってくれりゃぁな」 「客って…」  それになんだ薬って。  マサカドが口にする事全てが理解できなくて、でも考えるのも凄く億劫で、俺は脱力してその場所にぺたんと崩れるように座り込んだ。  なんだかとてもフラフラして、視界が回る。  マサカドから目を離したくないのに、頭が上げられなくて自然と下を向く。  目に映る毛足の長いカーペットが赤色なのか紫色なのか、それとも黄色なのか。 視界がぐるぐると回ってマサカドが何か言っているが、それはもう俺に取ってただの音にしか聞こえない。  カーペットしか映さない視界に何か他の物が映り込んだ。  黒いのか、茶色いのか、物なのか……これはなんだ? 俺にとって危険なものなのか、そうでないのか、俺はなんでこんな下ばかりを向いていて、なんで手が上がらないのか。  答えを出す事が出来ない俺は、突然心地よい浮遊感に襲われ全身の力を抜いた。 『効きが早いな。抵抗がな――からか、――さん。本当にコレ貰って――いいの?』 『いいよ。もう興味がない』 『財布、拾ったんじゃ――てスったんでしょ』 『拾ったか――、返してあげた事に変わりはな――よ』 『それ聞い――この子、泣いちゃいますよ。いや、怒るかな』    声なのか音なのかわからない。 何せ耳に届くそれらは脳に達するまでに意味のない雑音になっている。意味として処理するには億劫で、全てがどうでもいい。  クク、と喉で笑うマサカドの声。何故だかとても近く感じた。   「あんな熱いキスして酷い人だ。……まぁそれなら遠慮なく仕込ませてもらおうかな」  柔らかいものの上に体が転がる。  でも俺にはそれが何であるか確かめる術も、必要性も感じなかった。  ふわふわして、心地よくて、あんなに酷い色の反転が今は治って、不思議な感じだ。 首筋にぬるりとした何かが這って、喉が鳴る。 「効きが早いと、切れも早いか……?もう一本打っても良いけどこんな上玉すぐに壊したくはねーしな」 体を冷たい何かが這う。  今まで本当の意味で寒いと感じた事はなかったけれど、突然下半身がすぅすぅして、不安に足を擦り合わせた。   「……本当お前見た目だけは最高だな。女に生まれなかったのが間違いだろ。俺は別にショタコンじゃねーけど、お前みたいな奴好むイカれた奴は大勢いるからな……すぐに薬なしじゃイケない体になるさ」    下肢の、普段人には絶対触らせない場所を何かが振れる。その感覚に腰を捻る。 「ん?……そういや精通ってもうキてんのかこいつ。あーー、いや。まぁ男なら後ろで調教しとけば問題ないか」  俺は相手がしたい事を、されるがままに受け入れる。  だって反抗する意味も、今何が起こっているのかも全くわからないからだ。 さっき凪いでいた頭の中はグワングワンと鍋蓋を落とした時の耳を塞ぎたくなるような音が遠くで鳴っている。  徐々に近づいて来ているような、その不快な感覚に眉根を寄せて両手をばたつかせれば掴まれて頭の上で一つにされた。 「やっぱりもう一本いっとくか。正気に戻った時、これを欲しがるお前の可愛いオネダリ、聞いてやりてえしなぁ」  俺の上から重さが消えて、目に直接飛び込んでくる光に目がチカチカする。 どこかで電子音が鳴った気がした。

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