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日曜日の目覚め②
お粥を食べ終えた後は、緒方さんの言う通り再び布団に潜ったけれど眠る事は出来なかった。
スマートフォンを触るのはなんだかんだ自分の置かれた現状を直視するのが怖くて手が出せないでいる。
ぱっちりと冴えた目でただひたすら知らない天井を見つめる。
どこかに自分の大切なものを置いてきたようで、胸の中にどろどろとした不安が居座って幅を利かせている。
天井との睨み合いっこにも飽きた頃、誰かか部屋に近づいてくる気配がした。
緒方さんかと思えば障子を開けて部屋に入ってきたのは黒っぽい着流し姿の匠だった。
その姿にドキッとしたのは、普段滅多な事では目にすることの無い和装だからという理由だけではなく、匠によく似合っているからだろう。
最初に会った時も、俺と違ってイヤミなぐらい長い手足と高い身長、周囲とは頭ひとつ分抜きでたルックスに気が付けば視線を持っていかれる程だったが、こんな見慣れない格好をしれっと着こなされると心臓だってイヤでも跳ねる。
そう、俺の心臓は仕方なくハネたんだ。これは不可抗力。
いつまでハネ続けるんだ。とまれとまれ。
「何、俺の顔になんかついてる?」
「突然入ってきたらビックリするだろ!」
「へぇ、てっきり格好良すぎて見惚れてるのかと思った」
正にその通りだったので、言葉に詰まる。
でも心臓はまだぴょんぴょんしてるので、俺は匠を軽く睨む。
匠は布団のすぐ側まで近づいてくると、ストンと腰を下ろして胡座をかいた。
「体調は?」
「寝るのに飽きた」
「そういう事言うから身長伸びねーんじゃねーの?」
「俺の!成長期は!まだこれからなの!」
多分。いやきっと。絶対そう。
同じ大人なのに緒方さんと違い匠に対して丁寧に話せないのはこいつがちょくちょく俺を揶揄ってくるからだ。
布団から起き上がると匠が俺の額に手をあてた。
「俺、熱でも出してた?いつ緒方さんや匠にまた会ったのかとか、何でここにいるのかとか、そこら辺全く覚えてなくて」
「逆に聞くけど、どこまで覚えてるんだ?」
「うーん……。緒方さんの家行って、緒方さんに帰った方がいいって言われて、んで、駅まで行って……」
変な人に会ったような、たくさんの知らない人に会ったような。そこからがどうしても思い出せない。
まるで映っていたテレビが急にチャンネルを変えてしまったかのような。内容を理解しようとするとすぐにまたチャンネルが変わってしまうし、そもそも日本語かどうか怪しい。しかも、音声と画像がズレているオプション付き。
どれほど思い出そうとしても、思い出させないよう悪意が働いてるんじゃないかとすら思う。
自分の脳みそなのに。
「なんか、…………気持ち悪っ」
「吐きそう?」
「ううん。大丈夫」
ムカムカするけれど、胃の内容物を戻しそうな舌の奥がぎゅーーっとしてくるあの感覚じゃあない。
「ごめん、上手く伝えられない」
「いや、いいよ。お前が体調悪いのは確かだし」
「俺、どうしてここにいるの?」
「…………お前、服忘れてったろ」
「あ、そういえば」
緒方さんに渡されてコートは着て帰ったけど自前の服を緒方さんの家に置いて行った事を思い出す。
「だから追いかけて駅まで行ったらお前が具合悪そうにしてて、……一昨日寒い中深夜徘徊してたツケが回ってきたんだろ。仕方ないからそのまま俺んちまで連れて帰ってきた」
「…………そっか」
そういう事か。
だから俺はここにいる理由も、匠達に看病されてる理由も覚えてない訳か。
なんて、信じられるわけがない。
いくら俺が匠から見て子供だろうが、理由がこじつけ過ぎだろと思う。俺の頭の中に残っている記憶はお世辞にも出来のいいものでは無いが、そこに匠と緒方さんの姿はない。
不特定多数の、嫌悪感を感じる、ナニカ――――……。
黙り込む俺に、匠は何も言わない。
「…………ありがと、匠」
多分これ以上は何も聞かない方がいいんだ。
父親と母親が亡くなった時。
まだ亡くなる事がどういう事か知らなかった俺は詩子ちゃんに毎日、二人がいつ家に帰ってくるのかと聞いていた頃があったが、それも暫くして詩子ちゃんに聞くのをやめた。
亡くなるって事がどういう事なのか理解したわけじゃ無い。
聞いたら詩子ちゃんが悲しそうな顔をしたからだ。
好きな人を悲しませたく無いし、困らせたく無い。
俺が何も聞かなければ詩子ちゃんは今まで通りに戻った。
俺が、全部飲み込んで、いい子でいたら皆いつも通りになったんだ。
「どうした?」
「何でも無い、ちょっと考え事を……、あ。でもどうしよう、これ」
緒方さんは"全部任せとけ"って言ったけど。
俺は枕元のビカビカに光るスマートフォンを指差して言う。
もはやこれは通信する道具じゃ無い。
俺のメンタルを分毎に削ってくる拷問器具だ。
「あぁ、それなら……」
そう言って、匠が提案する解決案を俺は身を乗り出して聞いた。
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