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重ねた嘘とチョコラテ②
「おい詩音、どうした?」
短い髪を括りなおしながら、三治が怪訝そうに俺を呼ぶ。
三治の隣では悟が匠を見て「なんだあの男」と面倒くさそうにぼやいた。
「で、あの人なんだけど」
教室に入ってきた女子生徒が匠を指差しながら言う。
俺は彼女が何を言おうとしているのか予想できてしまった。
できるなら今すぐ時間が止まって欲しい。それか女の子の口を塞いで一旦この場から立ち去りたい。
全て手遅れなのだが。
「大貫三治君呼んで欲しいって頼まれたんだけど、君たちの事だよね?」
俺の小学校からの親友である大貫悟 と、織山三治 はハァ?と口にして顔を見合わせた。
そして俺は心の中で両手を合わせた。
――――――俺、死んだな。
「俺達いつ結婚したんだっけ」
「バカも休み休み言え。あのさどっち呼んでんの?っていっても俺あんな奴知らないんだけど」
「でも俺も知らないよあんな人」
三治の冗談を悟が流して女生徒に向き直る。
「でも呼んで欲しいって頼まれたし。二人ともいけばいいんじゃない?」
「いやだって俺達本当にあいつの事何も知らないし……詩音?」
女生徒を含め三人が言い合っている内に逃げてしまおうと音を殺し静かに鞄を掴んだ俺に三治が気付く。
えぇい、儘よ。
「二人とも、ごめん!!!」
「え?!!ちょっと詩音!!?」
「おい!!」
三治と悟の声を背に、鞄とコートを鷲掴んで教室を飛び出した俺は一目散に校舎から出た。
グラウンドから俺がいた教室を降り仰ぐと、金髪頭の三治だけが窓のサッシあたりに頬杖をついて何も言わず俺を見下ろしていた。
悟の姿は見当たらない。
逃げずに全部話すって言ったのに、これじゃ次会った時今度こそ怒鳴られる。次は名前の件もふくめて。
今日一番の重いため息を吐いた俺は、さっき教室から見下ろした時より増えている人集りを掻き分け匠の元へと辿り着く。
黒のニットにチェスターコートを合わせた匠が、周囲を囲む女生徒の熱い視線を堂々と無視して立っていた。
ここは都会でもなければ、なんなら一時間に二本ぐらいしか電車が最寄駅に止まらないど田舎だ。
そんな”バエ”もなければ”店”もない、なんなら学生数すら最近は一学年一クラスで収まってしまうような学校の校門に、お前みたいな派手な奴が立っていたらどうなるか検討ぐらいつくはずだろう。
いったい何をどう間違ってこんな所で棒立ちする暴挙に出たのか。
周囲を一切気にしない神経を疑っていると、俺に気づいた匠が「よう、三治」と手を振って言う。
「や、やめろ!」
匠が俺の名前――正確には俺の名前ではない――を声にした瞬間、周囲の視線が全部俺に集まった。
「なんだよ、一週間も一緒に過ごした仲なのにもう忘れたのか」
「ば、バカ!こっちくるな!」
「なんだよツレねーな」
ニヤリとわざとらしく口角をあげる匠に、俺は合点がいった。
こいつ、分かっててやってやがる。
「それとも本当の名前教えるのが恥ずかしいぐらい、ミツハルクンはシャイなお子様だったのかな」
プツン、と何かがキレた音がしたけれどそれが何の音か俺には判別できなかった。
羞恥心かもしれないし、堪忍袋かもしれないし、もしかしたら理性かもしれない。
気づいたら匠の手を取って俺はそこから脱兎のごとく逃げ出していた。
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