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重ねた嘘とチョコラテ③
「お前!!!全部知ってたんだろ!!」
掴んでいた匠の手を宙に放り投げるように突き放す。
俺がそのままギロリと睨み上げると匠は飄々とした様子で近くの柵に体を預けた。
「そりゃあんなご丁寧に顔写真入りの学生証、見たら誰でも気づくだろ」
「俺の学生証……!探しても見つからないって思ったらっ」
匠の家で一度手元に返ってきた時は確かにあったのに、自宅に帰ってくると財布の中に学生証がなかった。どこかで財布から落としてしまったらしい……、とは考えていたけれど。
「忘れ物だよ、シンデレラ。落とし物は靴じゃなくて学生証だけど」
匠が胸元のポケットから学生証を人差し指と中指で挟んで、俺に差し出す。
反対の手で口に咥えた煙草に火をつけた。
俺は匠から学生証を奪い取ってズボンのポケットにねじ込んだ。
「誰がシンデレラだ!名前気付いてたなら呼び出すのこの名前で良かったろっ」
「お前が最初にそう名乗ったんだから、俺から暴くのはフェアじゃないだろ?お前の本当の名前知った時の俺の感動は凄かった」
「人の名前見て感動ってなに……」
どうせ碌な事じゃないと知ってはいながらもげんなりと問い返してやる。
「名前と顔が一致する人間って実在するんだなって。なぁ、如月詩音 ちゃん」
「〜〜〜っわるかったな!あと"ちゃん"付けすんな!!」
なんなら俺の育ての親の名前は如月詩子 で父親は如月創詩 だ。
みんな"詩"がつく。
俺の場合は男であっても女であっても詩音って名付けようって決められていたからどう転んでもこの名前を避ける事はできなかった。
今は亡き母親が付けてくれた名前だから、嫌とかじゃないんだけど問題は容姿を母親から瓜二つで受け継いでしまったことにある。
男なのに。
「じゃあシンデレラ、場所を移そうか。カボチャの馬車のご用意がありますよ」
煙草を吸い殻入れに入れて、匠が柵から身を離す。
俺は匠に近寄って持ち上げた足で思いっきり匠の足を踏んでやった。
ククク、とまだ面白そうに笑う匠の横顔を見ながら俺は匠が買ってくれたご機嫌取り(チョコと生クリームがたっぷりトッピングされたチョコラテだ)をズズズっと音を立てて吸い込んだ。
あれから俺は近くに停めてあるという匠の車に乗せられて、暫く下道を走っている。車窓から見える景色は少しずつ山からビルへと変わっていく。それは最近見慣れた風景となったものだ。
どうやら明日から土、日と休みの事もあり俺は匠の家に行くらしい。
正確には緒方さんの診察を受ける為に行く。
「お前を迎えに行くまでに、お前ん家寄ってきたから詩子さんへは俺から話してあるよ」
「順番逆だろ、当事者なんだから俺が最初に知るべきじゃねーのそれ」
いつ詩子さん、なんて名前で呼ぶ仲になったのか。
ぶくっと頬を膨らませれば、運転席で前を向いていた匠の視線がチラリと俺に向けられる。
「可愛い、ヤキモチ?」
「何でそうなる!」
見当違いにも程がある。噛み付くように叫ぶと赤信号で車を止めた匠が体ごとこっちに向き直って薄らと笑う。
こんな笑い方をする匠は、あまりまともな事を考えていない。
匠がこちらに身を乗り出した分、俺は背中を反らす。車内だから逃げるにも限度があるが気持ち的には三メートルぐらいは離れたいところだ。
「な、なんだよ。可愛いって言うなって俺再三言ってるだろ」
「そうだな。でもまだ高校生にもなってない子供に対して"可愛い"はそれほど不適切じゃないと思うけど」
真っ黒な匠の双眸に、悪戯という名の火が灯る。
あぁ、駄目だ。これは芋蔓式に全て暴かれる。
いや、きっともう暴かれた後で、差し詰め俺はまな板の上の鯉なんだろう。
どうしようもなく、逃げ場所なんてない。
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