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重ねた嘘とチョコラテ④
「お前俺が最初に聞いた時言ったよね?十六歳だって」
「ぐぬぬ…………」
言った。確かに言った。
「如月詩音ちゃんは今何歳ですか?」
「その口調で喋るな気持ち悪い!十五歳だよ悪いか!!」
「悪いに決まってンだろ、開き直るなよ中学生」
「んぎゃっ」
鼻を親指と人差し指でぎゅっと摘ままれて、慌ててそれを手で払う。
丁度信号が青に変わったから、匠は俺から離れて前を向き直った。
よかった、追撃は防げた。犠牲になったのはジンジンと痛む鼻だけ。……なんて、甘い考えだった。
「よくも俺を騙してくれたよな」
騙したとかいいながら、嬉しそうに笑うなよ気持ち悪い、と思っても口にはできない。
「騙すだなんて人聞きの悪い……」
俺には自分の身をどうにかして守る必要性があったのだ。
名前や年齢のちょーーーっとした嘘ぐらい可愛いものじゃないか。
「そうだよな、身長も百六十ないお子様だし、大人の俺は多めに見てやるしかないか」
「それとこれとは別だろ!あとある!百六十はあるし!!」
「そこのグローブボックス」
匠がシフトレバーに添えていた指先で俺が座る助手席前の開閉部を指した。
何か取って欲しいのかと開閉口に手を伸ばした俺に匠がつづけて言う。
「そこにメジャーがあるよ。どうする?」
「………………どうするもこうするも、てめぇは前向いて運転してろ」
この話はこれでお終い、とばかりに俺は開閉口に伸ばした手でグローブボックスを叩いた。
先週の土曜日、倒れた俺を診て点滴を打ってくれたのは緒方さんらしい。
俺と連絡が繋がらず、ギリギリまで待った悟が警察に駆け込んだのは日曜日の夜。
つまり俺が匠達に看病されている最中だ。
金曜の夜から日曜の夜までまるまる二日間音信不通だった俺に対して、俺の家庭事情を鑑みて限界まで警察に相談する事を待って、詩子ちゃんにも心配させないよう裏を合わせてくれたのは悟だった。
もう悟様様だ。
悟は俺と違って二日間寝る間を惜しんで俺を探してくれたらしく、匠と話し合った結果真っ先に悟に連絡を取った俺は、朝六時とは思えぬ声量で一時間以上電話口で罵られた。
ちなみに、詩子ちゃんにも学校にも、俺は流行病で熱が高くて動けない状況という事になっている。
最初に言った通り緒方さんが俺の事を看てくれたので態々病院に行く必要性もない。
緒方さん様様でもある。
極め付けは警察関係者という肩書をもつ匠達の古い知り合いという水城史人 さんの口添えだ。
俺のボロボロで、下手をすれば本当に警察にお世話になったかもしれない金土日三日間の経歴は周囲の人達によって見事に穴埋めされた。
代わりに俺に課せられたのは、緒方さんの診察を受ける事だ。
「最初会った時、変な人だなって思ったんだけど。だって家があんな事になってる人なんて普通じゃないよ」
世界中を探せば骨格見本や人体模型で家が埋まってる人は出てくるのだろうか。出てきたとしてもあまりお近付きにはなりたくない人種だ。
「でもお医者さんなら、そういう事もあるのかな」
あの時は緒方がさんがお医者さんとは知らなかった。
緒方さんが椅子にしていたストレッチャーを見ても、ちゃぶ台の代わりにしていた診察台を見ても、風呂場にある何の液体付けかわからない気持ち悪い品々をみても、大変趣味の悪い大人としか発想できなくて。なんならストレッチャーと診察台がある部屋となれば、あそこが診療室と紐づけられそうなものだが、あの部屋はさすがに汚部屋すぎた。
汚部屋の原因は床の其処彼処に散らばった骨格標本のピースだが。
飲み終えたラテのカップを後で捨てようと学生鞄に入れようとして、それに気づいた匠が俺の手から取り上げ車の後ろにあったらしいゴミ箱に入れる。
「あいつに限っては規格外の変人だから納得しなくていい。全部あいつの趣味だよ。仕事とは関係ない。なんなら名前だって付けてるぞあいつ」
「……聞きたくなかった」
怖いのも気持ち悪いのも大嫌いな俺は、緒方さんが人体模型に名前をつけて愛し気に呼んでいるのを想像して鳥肌が立った。
「ところで、俺っていつまで緒方さんの診察受けるの?」
本当に流行り病にかかった訳でもないし、なんならすっかり元気になっている。
約束したから診てもらうけれど、必要性はとんと不明だ。
「あれ、お前聞いてないの」
目的地――。匠の家に到着だ。
車を車庫に入れてくるからと俺だけ車から先に降ろされる。
門構えからして普通の家とは異なる天塚家――いやこれはもう邸宅。天塚邸だ。――を仰ぎ見る。
左右を見渡すとずっと白い壁が続いていてどちらも端が見えない。
五日前この家の中で目を覚ました時は、この家一体いくつ部屋があるんだろうと思ったぐらいだったが、外から見るとその敷地の大きさは尋常じゃない事が改めてわかる。
匠って一体何者なんだ。
そういえばバーの店主だったっけ?
「ぼーっとすんなよ。お前、今日からここで暮らすんだぜ」
「え?」
そう言い残して車を走らせた匠を見送った俺は、その数秒後に漸く匠の言った事が頭に染みてきて持っていた鞄を地面に落とした。
「……へ??」
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