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如月詩子と如月詩音①

***   土曜日の夜、三治――いや、もうこの時にあいつの本名に気付いていたので俺と緒方の間では三治の事を"詩音"と呼んでいた。 『名前が違う事バレてるって、教えてあげてもいいんじゃない』という緒方を共犯にして今の今まで知らないフリを通したのは、ただ俺が面白そうと思ったからだ。   もし名前を偽っているなら他にも何か嘘を重ねているかもしれないとは思ったが、年齢も偽っていたと知った時にはさすがに舌打ちした。 数字で見る年齢なら十六と十五ではたった一歳違いなので大差はないし、俺からみたらどの道未成年の括りなのだが、世間体を取り持つ為に水城さんに仲介を頼んだら「義務教育中の子供を振り回して何してんだ!!」と怒鳴られる始末だ。    なので知らないフリを続けたのは仕返しも兼ねている。 本名なんてとっくに気づいてると詩音に暴露した時のあいつの反応は最高に愉快だった。  人間あそこまで顔を赤くすることが出来るんだなと感心したぐらいだ。    話を戻して。  土曜の夜に詩音を救助し、丸一日介抱して、それから経過観察が必要という緒方の診察を受けさせる為に水曜日までは俺の家に詩音を泊まらせた。  実は水曜日に一度詩音の家に挨拶と報告を兼ねて俺が赴いている事を詩音は知らない。  一般人に多くを教える必要はないので、大体の流れは"流行病で酷く具合が悪そうにしていた詩音を保護"を改めて復唱したようなものだ。  そこに警察関係者の水城を添えておけばまぁまぁ信じられる話には仕上がった。  次の日の木曜日に今度は詩音を丁寧に家に送り届け、軽く表面上の挨拶だけを交わし、そして今日。  詩音を連れ出す許可を如月家に取りに行ったら、話は俺が思っても見なかった方向にトントン拍子に進んでしまった。  俺でさえそのスピードに呆気に取られたので、詩音なんかは話を聞いたら吃驚するだけじゃ済まないだろう。  そもそも今回のことが綺麗に片付いたら、詩音にはまたいつも通りに生活を送って欲しかった。 俺達の事も通りすがりに挨拶をした程度の人間で関係を終わらせられたらそれが一番だと思っていた。  けれどそうもいかない事情がいくつか残っている。  1つ目はマサカドに詩音が使われた薬の一部が一般に出回っていない"俺たち側の物"であること。  2つ目はマンションから逃げた男の事。 緒方の見立てを入れても、どちらも今すぐ何かしら問題となる訳ではなさそうだ。 特に2つ目に関しては、水城に詩音の家系を調べさせた所、特に"俺たち側"に巻き込まれる要素はない。あの逃げた男は俺を殺さず、マサカドを撃った。  再び俺たちの前に現れる可能性すら低い。 ただそうであったとしても、もし何かあったとき俺達と詩音の距離は少し遠い。  できるなら、目の届く範囲に居てくれた方が安心できるのも確かだ。それが巻き込んだケジメにもなる。

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