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近くで見ないと気づけない事②
***
少し、ほんの少しだけ、気が抜けた事は否めない。
あんなまっすぐな海のように青い瞳に見つめられて、「綺麗だな」なんて言われたら誰だって少しぐらい揺らぐだろう。
あの言葉がなんの下心もなく思ったまま口に出したものだとわかるから尚タチが悪い。
金髪碧眼、そんじょそこらにいる"美形"ってだけじゃ敵いもしないびっくりな可愛さを持つ口だけが破滅的に悪いあの子供には天然タラシというオプションまであった。
よく今まで変な奴に目をつけられなかったなと感心するが、あの人口密度の低い街で暮らしてきたからこそか、と思えば納得もできる。
確かに今のまま成長すると緒方も言う通り、ちょっとした問題児になりそうな予感がした。
「まー、問題児って一点なら今も差はないか」
大きく吸った息を、細く吐く。
さっきまで居た場所に詩音がいない。
「えぇ……」
片手でスマートフォンをズボンから抜き取り、先日登録されたばかりの詩音の携帯番号へと電話をかけるが繋がらない。この人の行き交う喧騒の中だ。電話の呼び出し音なんてそこそこ大きな着信音じゃないとあってないようなものだ。
左右を見渡しても、それらしい姿はない。
「まじかよ、勘弁してくれ……」
あいつからしたら、恥ずかしいって理由で解いた手だが俺からしたら、いつ関係性を問われ職務質問されてもおかしくない絵面だったんですけどね、とは死んでも言わないし緒方にバレた時には緒方を殺すしかなくなるからやはり墓まで持っていきたい事案だ。
ただそうだとしても、今はあの小さな手を離してしまった事を後悔している。
***
あいつ、俺の隣にいた筈なのにどこ行ったんだ?
と、匠が隣にいない事に気づいたのは店の並びがファッションから、スポーツ用品に変わったあたりぐらいだ。
そもそも俺はノートを買っていた訳で、それから匠と少し歩いてる最中にショーケースに飾られた格好いい春服に目移りした。
――逸れたのはその時か。
辺りを見渡しても匠は見つけられない。
遭難したら、その場所から絶対動いちゃダメって言ってたのは詩子ちゃんだ。荷物を持つ手も痺れてきたし、もう一回歩いて匠を探す前に一度休憩しておこうと近くのベンチに腰を下ろす。
数分休んで、匠を探しに行こうと買い物袋に手を伸ばした瞬間、俺の前に人影が落ちた。
「たす……く?」
俺の期待に反して、匠とは似ても似つかない男が目の前にいた。
「ほら見ろ、あったりじゃん!」
「うわっ本当だ。かーわいーい」
見知らぬ年上の男が二人俺の前に、俺の顔を覗き込むように立っていた。咄嗟にベンチの上で身を引くように体を起こすと後ろから肩を掴まれる。
「いやこれ、男じゃね」
「まじで?!でも男だとしてもここまで可愛いなら全然問題なし!」
何が問題なしだ、俺は問題おおありだ!!!可愛い可愛い連呼すんな!!!
胸中で罵って、俺は四人の男に囲まれたまま立ちあがろうと肩を掴む男の手を振り払う。
「離せよ。俺は男だし、女の子探してるんだろ!」
「怒った顔もかーわいー。てかさ、俺の話聞いてた?君すっごく可愛いから性別とか関係ないない。今から俺たちカラオケ行くんだけど、一緒にいかない?」
聞いてくるくせに、再度俺の肩に乗せられた手の力は有無を言わさない。
「やめろ、離せって!」
「それにしてもほんっと美人だな。ここまで整ってるのあんま見ない。君、ここら辺の子?どこの学校?」
中学生といえば手を離してくれるのだろうか。体を離そうとしても力が強くて逃げられず、手持ちの買い物袋を男に一つ取られてしまう。
「あ!やめろ!」
「いいのいいの、俺たち優しいから重いものは代わりに持ってやるよ」
しつこい男の態度に俺の短い堪忍袋の緒はもう切れる寸前だ。
「いらねーお世話だっつってんだろ、このっ」
クソ野郎!、と開きかけた口を後ろから伸ばされた手で塞がれる。
何の真似だと腹が立って前の奴を睨み上げると、そいつの視線は俺に向いていなかった。
「この子、俺の大事な子だからさ……遊びたいなら他をあたってくんない?」
頭のすぐ後ろで聞き覚えのある声がした。
それは紛れもなく匠のもので、けれどこんな温度の匠の声を俺は今まで一度も聞いた事がない。
ゾッとするほど冷たくて、感情の一切を捨てたような声音。声を聞いただけで動けなくなったのだから、匠と相対してる男なんてもう、俺なんか眼中にない。
一人、また一人と気配が遠ざかって、俺の前にいた二人は俺の買い物袋を置いて一緒に逃げて行った。
「い、つまでこうやってんだよ……」
俺の口にかかった匠の手を剥がす。
「お前ね、俺に言う事はそれだけ?」
返ってきた声音はいつも通りで、俺は恐る恐る後ろを振り返った。
「ノート買う事は聞いてたけど、変な奴まで連れ帰ってくんなよ。ケータイにも出ねーし」
「ち、ちがっ……あれは勝手に」
「ん?」
勝手に俺に声を掛けてきただけで、そもそも俺はベンチで人様に迷惑をかけないように休憩していただけで、何で休憩していたのかと言うと、匠と逸れたからで。
コートを着ないとまだ寒いとすら感じるのに、ベンチを挟んで俺の後ろにいる匠の呼吸は少しだけ荒れていた。
きっと走って俺を探してくれたんだと気付く。
「…………迷惑かけてごめん」
「うん。もう買うもんないだろ?飯食って帰ろうぜ」
くしゃりと俺の髪を混ぜた手がそのまま俺に差し出される。
その手を断る理由が今はない。
匠に荷物を半分持ってもらって、俺は大きな匠の手を取って帰路についた。
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