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それは小学校以来の関係③

*** 「あーあ……行っちゃった。本当悟は口が悪いんだから」 「うるせぇ、そもそもあいつが悪いんだろ。どこのどいつだよ、匠って」 悟と三治の間に一人分の空白ができて、三治はそこをじっと見下ろした。 今までずっと三人でつるんできた。  三治は高校になっても同じ高校にいけたらな……と思わない事もなかったが、結果的に自分だけ二人の進む道から先に分かれてしまった。  詩音は実家から高校に通うと言っていたので休みの日は遊びに連れまわせるかと思っていた。 それなのに。 「そうかぁ、俺だけ別かぁ」 「んだよ、いつでも会おうと思えば会えるだろ」 「そうだけどさ、やっぱり同じ高校に行けるの羨ましいって気持ちはあるよ」 「じゃあ馬鹿になれば良いんじゃね」  悟の身も蓋もない言い方に三治はハハッと笑った。  確かに三治は二人よりも学力が求められる学校に進んだ。 「俺がいないからって、あんま喧嘩すんなよ」  隣でフェンスに預けた背中をズルズル下にずらしながら、悟は「しらね」とだけ言った。 「心配なら心配って言葉にキチンと出してやれよ。お前の口調が喧嘩っぱやいから、あいつまでいつの間にか荒い口調になっちゃって」  出会ったばかりの詩音は内気で引っ込み思案で、何より自己主張のない奴だった。今も三人の中では控えめな性格かもしれない。  それでも三治の知る詩音は、悟にかなり影響されてる部分がある。きっと、詩音にとって"男っぽい"とは、悟の事なのだろう。 「どう思う」 「どうって……あぁ匠って奴の事?今はまだ何とも。でも詩子ちゃんに何も言わないわけないから、普通に考えて勿論承諾済みだろ。なら問題ないんじゃない」 「なんかクセーんだよな。あいつさ、俺たちにまだなんか隠してる気しねぇ?」  ワックスで尖らせた前髪を人差し指と親指で弄りながら悟が言う。三治は隣の友人が人より洞察に優れている事をよく知っていた。 詩音は嘘が下手とまではいかないが、上手いわけでもない。突けばすぐにぼろがでる。その程度のものだ。 「あー、俺もやっぱり二人と同じ高校が良かったなぁ」 「何今更言ってんだよ」 「だってそうじゃないと、詩音は毎日悟に泣かされそうだし」 「最近は泣くより怒る方が多いだろ、あいつ。さっきも怒って出て行ったし」 「確かに泣かなくなった。でもあの顔で事あるごとに泣かれるよりは怒ってる方がマシじゃない」 「それは言えてる。…………仕方ねえ、一回匠って奴に挨拶しに行くか」 うーん、と伸びをして悟が立ち上がると終鈴が鳴り響いた。三治が顔を上げると悟の向こう側に晴れた青空が見える。  こうやって、この場所から望める景色はこれが最後かもしれない。  詩音と悟が二人で見る景色はまだまだ増えるけれど、三治がそこにいられる回数は減る一方で、そう思うと少しだけ寂しい気持ちが三治の心をよぎった。 「おい」 「ん?」  悟が三治に手を伸ばす。その手を三治が掴むとグン、と引っ張られた。立ち上がった三治と悟の視線が同じ高さで揃う。 「何考えてんのかしんねーけど、変わんねーからな、卒業しても。あいつのお守りも俺のストッパーもお前の役目だ」  一瞬悟が何のことを言ったのかわからなかった三治はそれを理解して吹き出した。悟は本当に人をよく見ている。 「わかってるなら、喧嘩の回数減らしなよ!」     ***   時間が経つのはあっという間で、リハーサルにリハーサルが重ねられた卒業式の当日はあっという間に過ぎてしまった。何もない学校だったけれど、思い返せば悟と三治と俺と、三人で学べた最後の場所だった。  別にこれからだって会おうと思えばすぐ会える距離だし、連絡だって取り合える。 けど俺の左隣にこれからは三治がいないんだと思うと少し寂しくて、校歌を耳にしながらちょっとだけ泣いたのは俺だけの秘密だ。  卒業式が終わって集合写真を撮った後の校舎の前は、卒業する生徒と保護者でごった返している。  俺と三治と悟はやっぱり三人で一所に固まり、俺たちの親が周囲に挨拶に行っているのを傍目に見ていた。  「今度お前ん家行くから覚悟しとけよ」  そう言ってニヤリと笑う悟が卒業証書の入った筒で俺の後頭部をポコリと叩く。 「え、いつ?俺いるかわかんねーよ?詩子ちゃんならいると思うけど……」 「ばーか、そっちの家じゃねーよ」 「そっちって……ええ?!」 「いいなぁ、俺も一緒にお邪魔したいけど当分慌ただしそうだ」 「安心しろ、三治の分も俺がしっかり見極めといてやる」 「だから!何その見極めるとか、物騒なんだけど」  俺が喚いても二人は何食わぬ顔だ。取り敢えず日付だけ合わせろ、とか。手土産何食いたい?とか。勝手に聞いてきて俺が今答えられる分だけ答えていると後ろから聞き馴染んだ声が俺たち三人を呼んだ。 詩子ちゃんと、三治、悟のお母さんとお父さんだ。 「三人とも、写真!!集合写真とろ!!!」  そう言って誰よりも一番嬉しそうに詩子ちゃんがスマートフォンを左右に振り上げて笑っている。 「取り敢えず、日付はまた連絡するから」 「おう、待ってる」 「んじゃ行こっか。あんまり待たせると詩子ちゃんの手から携帯すっぽ抜けそう」  俺たち三人が手を繋いで遊んでいたのはもう何年もずっと昔の話で、今またこの三人で馬鹿言いながら中学校を卒業する。  これからも他の誰かと関わりができたって、この三人の関係性は忘れないし、変わらない。  それはきっと、とても幸せな事なんだとそれだけはなんとなく思う事ができた。  ――――俺たちは今日、中学校を卒業した。 ***

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