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A storm is brewing.③

*** その事を思い出したのは緒方だった。  仕事が終わって、現場を離れる少し前。「そういえば今日ってしー君の友達がくる日じゃなかったっけ」と言う緒方に俺は人差し指と親指で眉間を揉みながら記憶を掘り起こす。  っていうか、しー君ってなんだ、しー君って。視線で訴えれば、「だって詩音君なんて言いにくいでしょ。本人にも承諾済みだから」と返ってくる。  本当にあいつが快諾したのか些か疑問ではあるが取り敢えず今の論点はそこではない。 「何時だっけ」  俺の短い問いに緒方は的確に返す。 「十時。寄ってく?」 「……一応寄ってみるか、拾えるかもしれないしな」  切っ掛けはそんな適当な会話からだ。    ――まさかあんな騒動を目の当たりにするとは思いもしなかったが。  天塚の家は昔からある日本家屋だが部分的にリフォームを行っており洋間も存在する。 今はその洋間にあるチェスターフィールドソファに対照的な位置で俺と、詩音の学友だという子供が座っていた。詩音を車に運んでからは緒方に後部座席で様子を見せ、家に着いてからはそのまま詩音の部屋に運び緒方が付き添っている。 「なぁ」 「うん?」 大貫という少年に声を掛けられて、俺は煙草に伸び掛けた手を引っ込めた。 「あんた詩音とどういう関係?」 「どうって……聞いてるんだろ?あいつに」  詩音には約束した事以外なら全てありのままに話していいと言ってある。俺の返しの反応からするに聞いてはいるけれど信用できていない、といつたところか。  警戒心が隠しきれておらず、僅かに苦笑を漏らしてしまった。 「詩音の事信用してやれよ。あいつの友達なんだろ?」 「それは……!そうなんだけど。…………あんたさ、詩子ちゃんや、あいつの事も。騙してないよな」 「俺があいつ騙して何の徳があるの」  心からの言葉だ。 それよりも大貫の疑り深さというか、鋭さに関心する。 詩音の同級生なら今十五歳の筈だ。同じ年齢でも詩音には大貫のような警戒心はない。  ――あぁ、だからか。 周囲に大貫のような友達がいるから、詩音が今まで後戻りできないような傷を負う事が無かったのかもしれない。  確かもう一人、詩音の口から仲のいい友達の名前を聞いた事があった気がする。思い出そうと目を閉じようとした時、洋間の扉が開いた。 「おつかれおつかれー」 「えっと、おが……しんらんさん?」 「緒方でいいよ。どっちも苗字みたいなもんだし」  そう言って部屋にどかどかと入ってきた緒方はソファの中心、俺と大貫が座っている場所から丁度真ん中辺りに腰をどかっと下ろした。 「あいつは?」  俺が尋ねると緒方は至って真面目な顔で口を開いた。 「メッチャ元気」 「は?」 「いや、本当。滅茶苦茶元気。悟君念の為聞くけどしー君ってなんか持病ある?」 「いや、聞いた事ないです」 「だよね、僕も如月さんからそんな話は聞いてない。んでさっきしー君が駅で倒れ掛けた時頭とか打ってないよね?」  後半は俺に向けて緒方が確認する。 「倒れる前に受け止めてるからそれもない」 「じゃあ今のところなんの問題もない」 「そんな馬鹿な話があるかよ!!」  大貫が声を荒らげてソファから立ち上がる。 「だって、倒れたんだぞ!」 「それは僕も見てたから知ってるよ。でも外傷もないし本人がどこも何ともないって言ってるんだから医者の立場からしたら後日精密検査受けさせるぐらいだ。当の本人は部屋で先に昼ごはん食べてるよ。気になるなら行ってきてごらん、家庭訪問がお見舞いになっちゃったけど」  そう言って緒方が大貫が持ってきた荷物を彼に渡して、この部屋から詩音の部屋までの行き方を口頭で伝える。  慣れない大人二人と同じ部屋にいるより実際に詩音と話す事を選んだらしい。  何か言いたそうに俺を一瞥し、そのまま部屋から出ていった。

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