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A storm is brewing.④
大貫の足音が遠ざかり、全く聞こえなくなった事を確認して俺は足を組み替え煙草に火を点けた。
「匠、ソファに臭い移るから吸うなら外で吸えって」
「面倒臭い」
「あのな……いや、いいや。満君が怒ったって僕はフォローしないからな」
「それで?」
細く吐き出した煙を最後に、口を付けたばかりの煙草を灰皿に押し付ける。
大貫に言った事が全てなのか、そうでないのか。俺は緒方を横目で見て話を促した。
「あの子の前だから、下手な事は言えなかった。……なんてオチは残念ながらないよ。さっきも言った通り怪我をしている訳じゃないしね。頭の方はここに連れ帰ってきてから一度"こっちの病院"連れて行ってるし。もう一度近い内に行っても変わりはないとおもうよ。健康体だ」
「健康体って奴があんな倒れ方するもんか?」
始終を見ていたわけではない。けれどこの部屋で大貫と二人きりの時に聞いた話と合わせると、何もないほうが不自然にも思える。
なんにせよ、今後もあのような事があるなら早めに対処を考えなければいけない。
今日は俺が近くにいたし大貫もいたから大事にはならなかったが、あれが人通りの少ない道であったり、詩音が一人の時だったら……と考えるとぞっとする。
俺が思案していると、ソファの上でファイリングされた紙に目を通していた緒方が頭を掻き乱してうぅーんと唸り声を漏らした。
アンダーリムの眼鏡が鼻からずれて、年齢にそぐわぬ幼い顔立ちが顕著になる。
「おい、何してる」
「いや、ごめん。訂正する。一つだけ心当たりがある」
眼鏡の位置を正して、膝の上に置いてあるファイルを中指の背でコツコツと叩く。
「PTSDかもしんない」
「PTSDってトラウマって事か?」
「そういう事。しー君が前打たれた薬は合成麻薬がベースでね。幸福感とか親近感とかまぁ他人とナニするにも距離感バグるから色々と都合のいい薬なんだけど、精神依存も強い薬なんだよね。回数重ねると錯乱や記憶障害とかもあり得る奴。しー君はあの時の一度キリだけど……まさかこんな形で引きずる事になるとは」
トラウマ自体は俺にとっても緒方にとっても、今更大して特別な単語ではない。メンタルが弱けりゃとっくに潰れてしまうような事だって見てきたし、やってきた。
今問題なのは、もし本当に緒方が言う通りPTSDが原因なら詩音が倒れた理由、トリガーを探さなければいけないという事だ。
わからなければ、何度だって同じことを繰り返す可能性がでてくる。
「フラッシュバックか」
「何かを目にしたのか、感じたのか。結果何がしー君の触れてはいけない事に触れてしまったのか。駅で倒れるまでのどこかであの日の何かを思い出させる切っ掛けがあったんだ」
「その言い方だと本人もわかってなかったのか」
詩音の意識が戻るまで付き添っていた緒方は、苦笑して少し肩を下げた。
「PTSDに辿り着いたのはこのカルテを見た今だけど、勿論目が覚めた彼に話は聞いたよ。三人組に話しかけられて、気づいたらここに居たらしい」
緒方の話を聞いて今度は俺が顔を顰める番だ。
倒れた事を覚えていないかもしれない、とぐらいは考えていたが前後すらぽっかりと抜けている、という。
人の記憶はそう簡単に抜け落ちていいもんじゃない。そうでないと生きていく事が出来ない。
だから丸々失くしてしまったという事がどれほど重要性を持つか嫌でもわかる。
「やたら雑な記憶力だな」
深刻度に今は気の利いた冗談さえ出てこない。
「……もしかしたら相当根深い障害になってる可能性がある。さすがに本人も気が付いてるだろうね、記憶の穴がでかすぎて不安になるかも。無理に思い出そうとして悪化するのも手間だし、僕としてはあの薬が世間に出回ってる物じゃない事も気がかりだ。まだ様子を見続けるしかないね」
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