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迷子の子猫②
次に目が覚めた時、部屋は暗く少し離れた所でスタンドだけが明かりを灯らせていた。
俺が寝落ちした間に誰かが部屋に来たんだろう。茶碗の乗っていた盆もない。
起き上がっていつもなら枕元に置いているスマートフォンを探すが見当たらず、面倒になってそのまま部屋を出た。
廊下は寒く、歩くたびにキシキシと軋み音が耳をつく。
俺は明かりが溢れるドアの前で止まって、一呼吸してからドアを叩いた。
「いいよ」
主の許可を得て、部屋へと足を踏み入れるとコの字型のソファに身を沈めた匠が俺を見て柔らかく目を細めた。
「起きたのか」
「今何時?」
この洋間は毛足の長いラグが敷かれているから裸足でも歩きやすい。どこに行こうか迷った後、革張りのソファより肌触りのいいラグに直接座ることにした。
匠の足元近くにまで寄って腰を下ろす。
「二十一時。凄いな、六時間ぐらい寝たか?」
「そんなに寝てたの俺」
「俺が部屋にいった時はもう寝落ちしてたからな。だいたいそんなもん」
そう言って、匠は俺の頭に手を伸ばして髪をふわふわと撫でた。今まで何度かされたその行為は、匠の手が大きいからかそれとも匠が上手いからか、それほどされる事が嫌ではない。
触られると気持ちがいいとまで思えるがやっぱり口には出さない。
「お前は猫みたいだな」
「俺は人間」
「知ってるよ。それでどうした?……寝過ぎて眠れなくなったか」
「うん、まぁ……そんなとこ」
「風呂入ってくれば?」
「うん。………………なぁ」
「うん?」
匠の手は俺の頭を撫でながら、もう片方の手で膝の上に乗せたタブレットを弄っている。
俺はたっぷり十秒以上時間を掛けて、口を開く。俺の思うことをなんて言葉にしたらいいかわからなかったからだ。
「あの、さ……………………やっぱり迷惑、だよな」
「は?」
匠の俺の髪を撫でる手が止まった。俯いていた顔を恐る恐るあげて匠を見上げると、匠もタブレットに注いでいた視線を俺に向けていた。
「こんなわけのわかんないガキ、面倒だろ」
「あぁ、そういうこと」
会って一ヶ月も経ってない他人を家に置くだけでも普通ならあり得ない話なのに、そのガキは何が原因かもわからず倒れる始末だ。きっと面倒だと思っているに違いない。
今更、やっぱり手が掛かりすぎるので家に帰らせる、と言われても確かに困るのだが、それだけの面倒を俺は背負っている。
膝の上に置いていたタブレットをローテーブルの上に置いて、匠は一拍おいてから俺の両脇に腕を伸ばした。
「え?!ちょ……おい?!」
「騒がない。ほらこっち」
反抗して足をバタつかせるが、匠は軽々と俺を持ち上げるとそのまま匠の膝の上へと横向きに乗せられた。
こんな事、誰にもされた事がなくて俺は膝の上に乗せられてもまだ手をバタ付かせた。
「やめろっなんだよ、おい!匠!」
「ハハ、お前って本当まだまだガキだな。軽すぎる」
「ガキっていうな!」
両腕をとられてそのまま匠の首の後ろに導かれる。
「ほら、顔が見えないなら恥ずかしくないだろ」
「恥ずかしくはないけど…くすぐったい」
「そうか」
男同士で何やってんだ、って感じだけど匠の首に腕を回す事でくっついた匠の体温はひどく心地が良いものだった。
「やっぱり猫みたいだな、お前」
「……違う」
匠の髪から少しばかり火の香りがする。
あとは落ち着いた森のような香り。多分これは香水だ。普段それほど匂いはしないが、こうして近くに寄った時だけ鼻を擽る香り。
以前机を買いに行った時も目の色に気づいた時に纏っていた香り。
体から力を抜いてくったりと匠の肩に顔をうずめる。
自分の心臓の音が遠くから響いて来るような、静けさがとても心地いい。
体の揺れで匠が小さく笑ったのが分かった。
「なんだよ、また寝んの?」
「ん……」
「不安にならなくていいよ。言ったろ……責任を取るのが大人の役割だって。お前は気にせず前だけ見とけ」
ふわふわと頭を撫でられたら、さっきまで眠くなかったのが嘘のように意識が遠くなる。
なんで匠は俺の為にここまでしてくれるんだろう。
それを声に出せたのか、どうかわからないまま俺はゆっくりと眠りに落ちた。
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