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高校生活のはじまり④
高校のグラウンドは校門含め周囲を木で囲っていてそれらは全て桜の木だ。
匠の言う通り三日後には天塚の家も学校も見惚れるほど満開の桜で視界が埋め尽くされた。
俺のクラスの席は絶好の花見席で、授業中日差しの暖かさと、桃色の視覚効果で眠気が常にヤバかった。
いつも通りの登校日。
俺は俺の下駄箱に手を突っ込んで身に覚えのない手紙を引っ張り出すと首を傾げた。
朝練のない日は一緒に登校している悟が、俺の手に持っているものに気づいて横から覗き込む。
「おー……ついに来たか」
「何ついにって」
「見てわかんだろ。えーと、入学してから一週間と少し?よく保った方か……。開けてみろよ」
「えぇ?!今ここで?!」
「今。ここで。別に今なら周り誰もいねーだろ、さっさと開けろって」
「お前プライバシーって言葉知ってる?」
「お前は警戒心って言葉知ってっか?」
あぁ言えばこう言う。
悟にしろ匠にしろ、もう少し俺への配慮を学んだほうがいいと思う。
手の中にある封筒は折り目一つない葉書サイズだ。
俺だってこれが何を意味するのか大体推察はできる。年賀状ですらSNS指先一つで済ますこの世の中で思いを紙に留めて相手に渡す様式美は廃る時が来るのだろうか。
――まぁ、思いって言っても様々だけど。
決してこのタイプが必ずしも良いものとは限らない。
俺は恐る恐る封を切り、中に入っているレターを取り出した。
「"放課後十六時に屋上で待ってます"。またこりゃありきたりな」
「名前がない」
「そりゃ名前書いて特定されたら、お前が来なくなるかもしれねーしな」
「行きたくない」
「今日って何曜日だっけ。あぁ稽古休みだから放課後ちょっと待っとけよ」
「……すぐに帰りたい」
手紙に視線を落とす俺の後頭部を悟が叩いた。
「ってーな!何すんだよ!」
この友人はもう一人の友人と違って口も悪いが手癖も悪い。何かとすぐに叩いてくるが、大概矛先は俺の頭だ。前に何で頭ばっか殴るんだ!と怒ったら"丁度いい位置にあるから"と返された事がある。成長期が来たら悟を追い抜くぐらい身長伸ばして、そんな事言えなくしてやる。
それはさておき俺の頭を殴った悟はうんざりした顔で言った。
「ちったぁ自分で考えろや」
「考えてんだろ!だから行くのは嫌だつってんだ!」
これがどういうタイプの中身であれ厄介ごとの匂いしかしない。例えばもしこの手紙の内容が女子からの告白だったとしても、俺は今そんな事にはちっとも興味がない。
「お前にはまだ恋愛なんて早いか、お子ちゃまだもんな」
「子供扱いするなよ!そもそも悟だって彼女いねーじゃねーか」
「俺はいいんだよ。剣道あるし」
剣道してたらなんで彼女が要らない理由になるのかさっぱり分からないが、悟が要らないなら俺だってますます不要だ。
「そんなのズルい」
「彼女作る作らないにズルいもクソもあるかよ……。でもなぁ、詩音の場合、その気がないなら早めに周知した方がいいかもしれないな」
「早めに周知?」
「こないだ三治と話してたんだけどさ、手は早めに打っとくことに越したことはないってあいつも言ってたから」
「こないだっていつだよ。俺知らないんだけど?」
「SNSで。取り敢えずその話は今はいい。……お前一年の間で噂になってんの気付いてないの?」
「知んない。何の話?」
噂どころか、最近の流行りすら知らない。なんせ俺にはまだまともな友達がクラスにいないからだ。
今はなんの苦労もないが人数分けが必要なイベントがきたら潔く死のうと思う。社会適合を諦める的な意味で。
「要約すると、彼氏にしたい候補の上位入賞者」
「なんだそれ?」
「そのまんまだよ。お前見た目で人気あるのに、こないだ女の子助けたのが噂になって人気が加速したんだろうな。しかも教室じゃ誰とも話さないから、近寄りがたい。孤高の王子様だとさ。……ただの拗らせボッチなのにな?」
「最後、一言、余計!!!!」
「だから、こんな手紙が来るようになるなら今のうちに正面から"彼女は今作る気ないんです"ってアピールしておけば問題が減ると思わないか」
「成程」
「理解できたなら放課後その差し出し相手に会っておこうぜ」
悟の目論見は半分ぐらい達成された。
なぜ半分かと言うと、それはあの日俺に手紙を出した女の子が複数でかつまさかの上級生だったからだ。
あくまで告白してきたのはその中の1人だったのだが、告白を断った後の俺の扱いは年上の女性に苦手意識を覚えてもおかしくないようなものだった。
近くで終始見ていた悟も「あれは恋愛とか、恋人とかじゃなくてペットに対して可愛がりたいって感じの雰囲気だったな。年下彼氏の扱いってそんな感じなのか……?」と遠い目をして言っていたぐらいだ。
可愛い可愛いと揉みくちゃにされ、俺は愛想笑いを振りまいて。連絡先の交換だけは最後まで"無し"を守り抜いた。
おかげで如月詩音は特定の誰かを作る気はない、と周知出来たようだが、その周知を前提とした"お手紙"類の数が減ることは終ぞなかった。
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