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近藤翔太
それから学校と日常生活のサイクルが大体安定してきた。
俺は悟の稽古がない時は一緒に登校し、下校した。
バイトは踏ん切りが付かなくて四月中旬になっても学校に行く以外は引きこもり状態だ。
相変わらず匠が家にいる時間はまちまちだが、緒方さんは天塚の家にいる時は必ずと言って声を掛けてくれるのでついでに勉強も見てくれた。
おかげで俺の勉強の進みは悪くない。5月の連休が終われば中間テストだがこのままなら期待できるんじゃないかと自分でさえ思う。
「連休か……」
目の前の連休に考えを巡らせて、俺は本屋へと立ち寄った。
今日は休日で悟は朝から晩まで剣道の出稽古らしい。
昨夜はいたはずの匠も緒方さんも朝起きたらいなくて、俺はハウスキーパーさんが作り置きしてくれた遅い朝食を摂った後天塚の家を出た。
人通りの多い道を通り、特に目的はなくブラブラと歩く。目についたのは本屋の看板で、何か面白い本はないかと品定めをしていた。
店の一番目につくところに旅行のパンフレットがいくつも置かれていて"日帰り"の文字が俺の目に止まった。もうすぐゴールデンウィークだからだろう。
そういえば、天塚の家に来てからまだ一度も家に帰っていない。
詩子ちゃんとはSNSを通して頻繁に会話をしているから寂しいとか、ホームシックに陥る事はなかったけれど一度顔を見に帰ってもいいかもしれない。
匠に相談してみるか、と踵を返した瞬間俺の隣にいた奴も此方を向いて俺たちはタイミング悪くぶつかる結果となった。
「っごめん!」
「いや、こっちこそ。ごめんなさい、怪我してませんか?」
癖っ毛のある茶色い髪と、大きな茶色い瞳が印象的なそいつは、俺を見るとさらに慌てた。
「わっ外人さん!どうしよ、えっとソーリー?」
「待て待て待て、俺"ごめん"って言ったろ」
「あ、確かに。金髪だし目も青いし……すごぉ、綺麗な人だね」
「……あのな」
面と向かって"綺麗"だなんて言う奴どこにいる。と呆れたがそういえば俺も匠に前同じ事しなかったか?……と思い出すと口に出せなかった。でもあの時俺は匠の目の色を褒めた訳であって、顔を褒めた訳じゃない。
……いや、あいつは顔も派手なんだけど。
目の前のこいつよりか俺の方がマシだったと自分に言い聞かせる。
「何か探してんの?」
「ううん、休みだけどする事がなくて……時間潰し」
その腕には高校一年生で勉強する範囲の参考書が抱かれている。これも何かの縁だろう。俺も何もする事がない。こいつもする事がないらしい。
「じゃあさ、俺も暇なんだけど一緒に時間潰さない?」
表情がくるくる変わって、変哲のない話でも面白く感じる。会話をしても飽きがこないと言うか。
近藤翔太 と名乗るそいつは、俺の周りにはあまりいないタイプの人間だ。何をしたいかと聞けば、買った参考書を読みたいと言うので二人で訪れた場所は市営の図書館だった。
その最奥にある机を二人で貸し切ってもう一時間以上は話し込んでいる。
「じゃあ詩音君は僕と同年代なんだね」
"君"は付けなくていいと言っても呼び捨ては慣れないらしく、詩音と呼んだその次にはすぐに元に戻ってしまう。
「って事は翔太も高校一年生?どこの高校?」
翔太が勉強をしたいと言って開いたページは、今俺が学んでいる所よりかなり前の所だ。というか初期と言っても過言じゃない。
どの高校ももうすぐ中間テストの筈なのにこれで間に合うのだろうか?と心配になった矢先、翔太が口にした高校の名前に俺は耳を疑った。
「え?」
「でも、僕…………その。学校……。行けてないから。その、……………………ごめん」
「何で謝んの」
「……ビックリさせたかなって」
確かにビックリはした。だって翔太の口から出た高校の名前は俺が通ってる高校で、同年代というなら名前からして高確率で俺の後ろの席の奴だろう。
四月の頭、数日間だけ出席をとる時に名前を呼ばれてそれから一切耳にしなくなった名前を俺は今の今まで忘れていた。
「俺さ、お前と同じ高校だよ。それにきっと翔太の前の席にいるのが俺。"きさらぎ"だからね」
「うそ!」
「嘘ついてどうするよ。あの席めっちゃいいぞ。窓際だからグラウンドから見える桜は綺麗だし。寝てもバレにくい。強いて言うなら、話し相手がいなくてさ……。なぁ何で学校こねーの?」
こんなに話しやすい翔太が初めから居てくれたら、俺はボッチオンなんて言われずに済んだ筈だ。
けれど俺が聞いた途端翔太の顔色はどんどん悪くなって終いには俯いてしまった。
「ごめん、不躾な質問だった」
「ううん、僕も。僕の前にいるのが詩音君って分かってたら、頑張って学校通えてたかもしれない」
学校って頑張って通う所じゃない筈だ。そりゃ勉強を頑張るとか部活を頑張るとか、そういう意味なら話は別だが翔太が口にする"頑張る"はきっと俺が知るものとは種類が異なっている。
「ならさ、いつでもいいから。俺人に教えるほど賢くはないけど。勉強だって少しなら見てやれるし。だから気が乗れば来いよ。待ってるからさ」
そう言うと少し驚いた顔をした翔太が、すぐに満開の花のようにフワリと笑う。無邪気な笑顔に俺も釣られて笑ってしまった。
その日はとことん翔太に付き合って図書館で勉強し、俺が天塚の家に帰ったのは十八時を過ぎていた。
別れ際に、「また今度」と手を振れば翔太も嬉しそうに手を振りかえしてくれた。
だから俺はその「また今度」を楽しみにして夜眠りについた。
次の日、俺の後ろの席は変わらず空席のままだった。
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