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森 要
「あ〜しまった。連絡先ぐらい交換しておくんだった」
初めて会った日から三日経っても翔太は学校に来なかった。そもそもほぼ一月学校に来ていないのだから、すぐに行動に移せるわけもないのかもしれないが。連絡先ぐらい交換しておけば一緒に登校できたかもしれないのに。
一番後ろの、本来なら翔太の席に座って体を伏し、グラウンド見る。
……もう、桜散っちゃってるって。
葉桜になったそれは青々としていて、よく目にする景色に成り下がっている。
桜は一年に一回しか見ることのできない花だ。
高校生活は三年しかないし、だからこそ翔太にも見て欲しかった。
「……はぁー」
今日も近藤翔太の名前は呼ばれなかった。
学校側も把握してて対処の難しい事があるのかもしれない。それでも数日前に「また今度」と約束したあの翔太の表情を俺は簡単に忘れることができない。
「あんた誰?」
「うわっ?!」
ずっと机に突っ伏してグラウンドを眺めていた俺は、席の隣に誰かが立っている事に気付くのが遅れた。
机から飛び起きて声のした方を振り向くと、そこには見たこともない男子生徒が俺を見下ろしていた。
黒髪と少しだけ吊り目の印象が残る奴。
こんな奴クラスにいたっけ?と考えているとそいつの更に向こう側、廊下に見知った顔を発見した。
「おつかれさん。ちょうど良かった、今日一緒に帰ろうぜってSNS送ろうとしてたところだった」
まるで自分の教室のように入ってきて俺の机の近くまで来たそいつは、俺の事を見下ろす奴に気づいて目を丸くした。
「あれ、森?こんなところで何してんの」
「大貫こそなんでここにいんの?」
「俺はほら、こいつが例の"孤独で手間がかかってさみしんぼな王子様"だからさ」
「あぁ、なるほどこの人が」
おいおい待てよ。誰が"孤独で手間がかかってさみしんぼな王子様"だ。なんか付け足されてるってレベルじゃないし、俺はそのうちのどれ一つだって認めちゃいない。
「ふざけんな!誰が」
森って呼ばれた奴の後ろにいる悟をギッと睨みつける。
「可愛い顔してんのに、口悪いね」
「だろう、俺に似ちゃったんだって非難される時あるけど俺のせいって訳じゃねーしなー」
「お前らな……、二人で話進めんじゃねぇ。てか!誰だよお前!!」
俺がビシッと人差し指を森に向けると、悟がその指を掴んで下ろした。
「森要 。一の一で俺のクラスメイト。詩音こそなんでこいつと一緒にいるんだ?」
「あのな、ここは俺のクラスで俺の席だぞ。何でいるかはそいつに聞けよ」
正確には俺の席の一つ後ろだけど。
そう言うと、森は困ったように笑って肩を竦めた。
「王子様が座っていらっしゃる席が、俺の友人の席の筈でね」
予想外の台詞に驚かされたのは俺の方だった。聞き間違いでなければ森は翔太の事を知っている事になる。
「え、森って翔太の友達なの?!」
「待て待て、話が全く見えん。ほら予鈴がなってんぞ。一度教室帰ろうぜ。放課後こっち来る時森も一緒に来たらいいだろ」
「……じゃあそうするか」
悟が教室から出て行こうとする、その後を森が追う。その後ろ姿を最後まで見ていた俺は振り返った森と目があった。
「最近、翔太から連絡があってさ。凄く珍しいから、何か変化でもあったのかなって。もしかしたら王子様の事だったのかな?」
「知らねーけど、王子様って言うな」
俺がそう言うと、森は手をヒラヒラと振って今度こそ教室からでていった。
中学校と違って高校の屋上は開放的だ。
なんなら屋根付きベンチまである。ただし屋上をぐるり囲むフェンスは俺の背の二倍ぐらいあって、景観は少し残念だ。
放課後になって俺と悟と森はそのまま屋上へと向かった。
ベンチに座ってそれぞれが道中自販機で買った飲み物を開ける。
俺はカフェオレ、悟はコーラで森はミルクティー。
「……さむっ、コーラは早まったか」
ベンチには何故か同じクラスの森と悟が並ぶんじゃなくて、森俺悟の順番で座っている。
俺の左隣はいつも三治だからなんだか不思議な感覚だ。
「それで。森と翔太って仲いいの?」
「名前で呼んでいいよ。要人の要でカナメ。幼馴染みたいなもんだね」
「知ってると思うんだけどさ、あいついつから学校来てないんだ?中学校でもあんな感じ?」
「いや、中学校はちゃんと来てたよ。だからイジメとか、そんなんじゃないと思う。……俺も分からないんだ。一緒に学校行こうって言ってたのに春休みに入ってから連絡が取りづらくなって。入学式の日も連絡取れなくて俺は一人だった……俺はもう随分とあいつと会ってない」
「幼馴染なのに翔太の家知らねーの?」
「いや、知ってるよ。会いに行っても会えないだけ」
「ふーん……」
「王子様はいつあいつと会ったの?」
「王子様って呼ぶな」
「じゃあ王子」
「なんでそうなる?!」
「だってなんか、詩音って舌噛みそうで呼びにくいし、如月だと他人行儀じゃん?王子が一番呼びやすくて」
呼びやすいからって名前を変えられてたまるか!と俺が要に噛み付く隣で悟が声を押し殺して笑っている。
「いいんじゃね、王子。うん、俺も今度から王子って呼ぼう」
「呼んだら殺す」
「本当口の悪い王子様だな」
苦笑してミルクティーに口をつけた要は「それで?」と俺に話の続きを促した。
「三日前、いやもう四日前か?あいつと本屋で会ってさ……」
一部始終を話し終えると、シンと静まり返ってしまった。
一番最初に口を開いたのは悟だ。
「あのさこのまま放っておくとやばくね?何があったか知んねーけど入学式も出てなくて一度も登校してないとか留年まっしぐらだぞ。…………それも本人に留まる気があればの話だけど」
つまり、最悪自主退学だってあり得る。
「や、やだ!それは俺が嫌だ!」
「俺も翔太と一緒に卒業するつもりだったからな」
でも、どうしたらいいか分からない。
そんな風に言葉を切る要に俺は思い切って提案した。
「あのさ、翔太に俺会いに行っちゃ駄目かな」
「会いに行くってどこへ?」
「要が教えてくれるなら、あいつんち。俺あいつと別れた時、また今度って約束したんだ。だからもっかい話したら前向きに考えてくんねーかな」
「でも森も何度か近藤の家行ってるんだろ?」
「何度つっーか……。家帰るときにあいつの家の前通るからさ登下校の時いつも気にしてるんだ。最初は何度かチャイムも鳴らしたんだけど、出てくる気配がなくて」
「それさ、そもそも近藤ん所の両親は?近藤が折角受かった高校行ってないって知らない訳ないよな」
「あいつんち、片親だから。母親はいるんだけど……翔太にはあまり興味がないみたいだ」
コーラを飲み干して、悟は「ふーん」と相槌を打った。
空になったコーラの缶をベンチの足元に置いて悟は何事かを考えているが、俺は自分のしたい事をする。
「次の休み、暇?」
「ん。空いてる」
「じゃあその日にしよう。翔太がいるか分かんないけど、それでも俺は試してみたい」
「わかった。それなら連絡先交換しよう王子」
「だーから!呼び名!」
要がスマートフォンを差し出してきたので、俺もスマートフォンの先端を向ける。俺のSNSに一人人数が追加された事を確認したと同時にカランコロンッと音を立てて何かが転がった。ベンチから後ろを振り向くと、遠く離れたところに悟が飲み終わったコーラの缶が転がっている。
「悟、お前の缶風に飛ばされてるぞ」
「あー、ごめん詩音。俺も森と連絡先交換するから拾っといて」
「何で俺が!」
「ほら、寒くなってきたからさっさとする。あとはチャット部屋作って予定合わせりゃいいだろ」
だからって俺がお前の始末する必要ないだろ!と騒ぎ立てても悟は聞く耳を持たない。
俺は渋々屋上の端まで行って缶を拾い上げた。コンクリートの角に当たったアルミ缶は少し凹んでいた。
俺が拾って戻ろうとすると二人はもうベンチから立ち上がっていて、悟の手には俺の通学鞄がぶら下がっている。
「ありがとな、帰ろうーぜ」
校門をでれば駅に向かう悟とそうでない俺と要は帰路がそれぞれ異なる。
"また明日"そう言って別れた後、悟から個人チャットが飛んできていた。
何かあったのかとチャット部屋を確認すれば「多分森は何か隠してる」とだけ送られてきていた。
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