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好きな人①

「なぁ、気のせいかな空気が重いんだけど」  俺が隣にいる悟に小さな声で話しかけると悟は机に頬杖をついたまま二人が消えて行った部屋の扉を見た。  俺たちは三人とも翔太の部屋に通されたらしいが、そのまま飲み物の準備をしてくると言って部屋を出た翔太の後を要まで追って行った。 「幼馴染って言ってたから、二人で話したい事でもあるんじゃねーの」 「ふーん」 「しかし見事にダシにされたな、お前」 「どう言う事?」 「あの二人見ててわかんねぇ?森は毎日近藤の心配してたって言う割に、近藤は森に会いたくなかったように俺には見えるけど」 確かに悟と要が姿を現した時も、そして家に招かれ部屋に通される間も二人は言葉一つ交わしていない。 「多分、近藤って森の事避けてたんじゃねーの。んで、ここままじゃ会ってもらえないし埒があかねーからお前を餌に天岩戸をこじ開けたってところか」 「じゃあ何、俺ってまずい事したのかな」 天岩戸ってものが何か俺にはわからないけれど、開けたいものが開いたならいいんじゃないのか? 「さぁ、それはどうだろうな。俺たちは利用された側だから非難される筋合いはないけど」  面白くねぇ、と吐き捨てて悟は俺を睨んだ。 「一応言っとくけど、何から何まで信じんじゃねーぞ」 「その言い方は酷くない?仮にも友達だろ」 「向こうがそう思ってんならな。既に俺たちは一度騙されてるし、今回が最後とも限らないんだから」  暫くすると部屋のドアが開いて、姿を見せたのは翔太だけだった。 「あれ、要は?」 「ちょっと用事思いついたらしくて先に帰っちゃった。二人によろしくって」  盆の上にはカップが三つ。白い湯気が立っている。 「ごめんね、今紅茶しかなくって」 「ごめん、近藤。俺もちょっと野暮用ができたからコイツだけ置いていく。せっかく淹れてくれたのにごめんな」  え?!っと口を開ける俺の肩を叩いて、悟は「俺が言った事忘れんなよ」と囁いて部屋を出て行ってしまった。  結局四人で来たのに翔太と二人っきりになってしまった。  俺の対面に翔太が座って、二人揃ってこの気まずい雰囲気を打開する術を持たない。 「えー……ごめん、なんか押しかけるだけ押しかけてこんな結果で……」 「ううん。僕こそ……」 「あ、でも俺が翔太に会いたくてここに来たのはマジだから!その、迷惑だったらごめん」 「迷惑なんかじゃないよ!実はあの後同じ本屋に行ったり図書館に行ったりしたんだけど。まぁ、会えるわけないよね」  俺は基本的に出不精だから、こないだ本屋に行ったのだって本当に偶々で、そこで翔太に会えたのは偶然が重なった結果にすぎない。 「あのさ、もしよかったら連絡先の交換とかしてもらっていい?」 「勿論!嬉しい!」 「よかった。拒否られちゃったら、もう俺どんな顔してここにいればいいのかわからなくなる所だった」  互いのスマートフォンを向け合ってSNSのアカウントを登録する。俺は勿論嬉しいが意外なことに俺よりも翔太の方がもっと嬉しそうに見えた。 「……なぁ、言いにくかったらいいんだけど。学校こねーの?このままじゃ留年しちゃうよ」 「学校……。行きたかったんだけど」  熱い紅茶の入ったカップを両手で持って口をつける翔太に倣って俺も紅茶をのむ。普段ストレートなんて飲まないし、紅茶も滅多に淹れないから鼻をくすぐった桃の香りに少しだけびっくりした。 「怖くて」 「怖い?誰かに虐められてんの?」  要は違うと言っていたが、その要と会う事を避けているなら”もしかして……”と思った。だけど俺の考えを否定するように翔太は首を横に振った。 「ううん。そうじゃない。……あのさ、詩音君って好きな人とかいる?」 「はぁ?!」  学校の話をしていたのに、突然翔太の口から飛び出した予想外の単語に俺は声を抑えられなかった。 「そんなに綺麗な見た目してるのに、恋人とかいないの?」 「いる訳ねーだろ!俺まだ十五歳……いや、今年で十六だけど!」  年齢の話になると春休みの痛い記憶が蘇ったので頭を振って誤魔化した。 「十六だろうが十五だろうが、中学生で付き合う人もいるじゃん」 「いや、そーかもしんねーけどさ。……いや、いない!」 「じゃあ好きな人も?」  好きな人、と言われて俺の頭の中に詩子ちゃんの顔が過った。詩子ちゃんは俺の育ての親だ。好きで当たり前だ。次点で浮かんだのが匠で俺は今度こそ頭を傾げた。  ――なんで匠??  そりゃ優しいし、ちょっと意地悪だけど頼りになるし、男の見本!みたいな感じはするけど今翔太に聞かれてるのは"好きな人"な訳で。 「うん、……多分いない」 「そっかぁ」  なんか、ちょっとモヤモヤするけど言葉に出来ないので一旦保留だ。 「翔太はいるってこと?」 「いるよ」 「まじで!どんな子??」 「優しくて、いつも僕を気遣って助けてくれてすっっごく頼りになる。僕の一目惚れの片思いだよ」 「へぇー翔太がそれほど言うんだからいい奴なんだろうな。同じ中学?」 「そうだね」 「え、もしかして高校も?」 俺が身を乗り出して尋ねると、翔太は困ったように笑って"内緒"と言った。 「僕はその人に幻滅されるのが怖いんだ。僕があの人にこんな想いを持っている事も、あの人の知らない僕がどんなモノなのかも。全部知られるのが怖い。知られたらって思ったら、家から出られなくなってた」 「翔太……」 「でもこれじゃ駄目だって、頑張って家から出た先で詩音君に出会えたからこれって凄い偶然だよね。僕詩音君と友達になれてよかった……あ、勝手に友達とか言っちゃったけど、その」 「友達だよ。俺も翔太と友達になりたい」 「……ありがとう」  やっぱりこのままにはして置けないという気持ちが大きくなる。翔太に学校に来てほしいし、一緒に卒業したい。  あの一の三の中に翔太も居てほしい。 「俺が朝迎えに行ったら、一緒に学校来てくれる?」 「……もう少しだけ、時間を頂戴。ちゃんと考えるから」 「じゃあ翔太んち時々遊びに来てもいい?」 「連絡をくれたら問題ないよ」 「じゃあ約束な」 「うん、約束」

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