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翔太の告白

*** 「こないだは先に帰ってごめん」 休み時間に俺の席にやってきたのは要だった。  どうやら今日悟は付いてこなかったらしい。 「ううん、気にしてない」 「詩音は最後まで居たのか?」 「なんかあの後悟まで用事思い出したって言って帰っちゃったから勉強の続きしたよ。それから学校に来られるかって話したけどそこはまだ駄目だった」  前進はしたけど、根本的な解決は出来なかった。俺が謝ると、悟は頭をワシワシと片手で乱してため息をついてから俺を見た。 「いや、あいつの視界に入れただけマシだ。俺じゃきっと相手にされてない」 「なぁ、二人ってさ……喧嘩でもしてんの?」 「いんや。……大貫に聞いたのか?」 「ううん、詳しいことは何も。ただ雰囲気はやっぱり良くない感じがしたなって」 「翔太、なんか言ってた?」 「翔太からも何も聞いてない」 「そっか。喧嘩した覚えはないよ。でも……中学卒業するまでずっと一緒にいた奴が、ある日突然家に来るなって言い出して、会いに行っても顔も見せないなんて普通じゃねーだろ」 「うん……」 「腹が立ったから一回だけ、春休み終わりぐらいにあいつんち無理やり行ったんだけど、泣かれちゃって」 「泣かれた?!何したんだよ!」 「何もしてねーよ、ホント。何もしてねーから、余計に分からなくなって。それで入学式もあいつはこなくてそのままズルズル今に至る、みたいな感じだな。本当俺には突破口が見つからなかったから、詩音があいつと知り合いになってくれてよかった」 「じゃあこないだ翔太んちいった時、二人で話できたのか?」 「どうだろうな。あいつが何考えてんのか、俺にはまだわかんねぇ。詩音、あいつの事よろしくな」 「うん。ちゃんと要がすげー心配してた事もちゃんと伝えとく」  心配はしてるけれど、会いに行くと泣かれてしまうなんて一体どういう事だろう?  ただ、翔太も苦しそうだったが、俺じゃどうにもできない。と零す要も苦しそうだった。  この二人がここまですれ違う原因がなんなのかどれだけ考えても俺にはさっぱりわからない。    助かる、そう一言だけ言って予鈴と共に要は自分のクラスへと帰っていった。  特に変化のない日常を繰り返して、その週末。  俺は事前に連絡を取ってまた翔太の家を訪れた。  一応一緒に行くか確認した要は首を横に降り、悟は出稽古のため俺一人だけだ。 「翔太ー!一週間ぶり!」 「久しぶり詩音君、元気してた?」 「元気元気。要がちょーっと風邪もらってくしゃみしてたけど。俺はこの通り」  前回と同じく翔太の部屋に通され、二人揃って丸いローテーブルを囲ってカーペットの上に座り込む。  盛り上がる会話の内容は、大体が学校や身の回りの友人の話で、そこに要の名前を出しても翔太は特に嫌な顔はしなかった。 「なぁなぁ、聞かれたくなかったら流してくれていいんだけど、要って翔太になんか悪いことしたのか?」 「何で急に?」 「あいつさ、学校で落ち込んでたぞ。翔太に会いたいのに会ってもらえないし、話もまともに取り合ってもらえないって。だから俺なんかに様子見てきてほしいって頼んだりしてさ。翔太は要の何が嫌なんだ?」 「嫌なんかじゃ……!ううん、むしろ好きだよ。大切な人なんだ。だから顔合わせ辛いっていうか…………目が見れなくて」 「ふーん?」  机の上にある少し冷めたティーカップに口をつける。こないだは桃の香りだったが今日はなんだか蜂蜜っぽい。  口を付けたら香りの割に、甘さのない紅茶に眉を顰める。翔太に薦められて俺は紅茶に蜂蜜を垂らした。 「詩音君、……わかってないね?」 「うん?何が?」  何もかもがわからないことだらけなのは確かだけど、翔太にジトリと睨まれるほど、俺は何かを見落としているだろうか。  記憶を掘り起こしても思い出せず、俺は降参とばかりに両手を上げた。 「ごめん、わからない」 「うーん、内緒って言ったのは僕だけど。……詩音君って偏見とかある人?」 「え、突然だな。ないと思う……多分。好き嫌いなら多少あるけど」  正直俺自身の事を俺が一番よく分かっていないのに。偏見があるかないかなんて答えられない。 「それって食べ物の話だよね」 「うん。辛いものは苦手なんだよなー。あ、甘いものは好き」 「そこにある蜂蜜もっと入れたらいいよ」  翔太が笑いながら蜂蜜を指す。  蜂蜜の香りだけがする紅茶は先ほどいれた蜂蜜でそこそこ飲みやすく俺好みになったけれど、俺は勧められるままもうちょっとだけ蜂蜜を追加した。  うん、甘くて美味しい。 「あのね、この前言ってた僕の好きな人、要なんだ」 ほんのり頬を染めて、そっぽをむいた翔太が言う。 想定外のカミングアウトに紅茶は容赦なく気管へ入って、俺は思いっきり咽た。 「っげほっ!げほごほっ……げほっ!」 「わー!詩音君大丈夫?!タオルタオル!!ティッシュもいる?!」 「………………いや、げほっ……、とりあえず鼻からはでてない。入っちゃいけないげほっ、ところに"っ」  いや、それよりもだ。今翔太はなんて言った?俺の聞き間違いか?それとも幻聴??  翔太にもらったティッシュで口元を拭ってまだ痛む胸を抑える。呼吸を整えてから顔を上げた俺を、翔太が今までにないほど真剣な目で見ていた。 「……マジで?」 「マジだよ」  敢えて口に出すことじゃないが、俺の知る限り翔太は男で要も男の筈だ。"間違ってる"とは思わないが、すんなりと"そうなんだ"とも思えない。男が好きな奴は女だっていう固定観念が邪魔をして、翔太の"好き"が現実味を帯びてこない。 「……男が、男好きになれんの?」  おかげで俺が言葉にできた台詞はとんでもなくしょうもないものとなった。 「僕は要が男だとか、女じゃないからとか。そういう理由で好きになったんじゃないよ、きっと。要だから好きなんだ」  はっきりとそう言い切る翔太に俺はハッとした。 「ごめん、失礼なこと言った」 「ううん。普通あり得ないもんね、そんな事。僕も頭ごなしに否定されなかっただけホッとした」 「そんな事言うわけないだろ!そりゃまだ実感沸かねーけど」  実感は湧かない。湧かないけれど男が男に対してそんな気持ちを抱いてもいいのだと気づいた瞬間だった。  誰にも駄目だと言われたわけではないのに、選択肢すらなかった性の可能性を聞かされて俺の脳裏では匠の顔が過った。    ――なんで匠??  こないだから翔太と話すとチラチラと匠が頭を過るのは何でだ?   「僕は中学の時からずっと要が好きだったんだ。勿論要には言ってない。僕だって、自分が抱いてる感情がどういう目で見られるものなのか……理解はしてるつもりだから」 「翔太……」 「要から何かを望んでるわけでもないし、勿論気持ちを伝えたいとも今はまだ……、怖くて思えない」 「でもさ、だからって要の事避けてたらそれはそれであいつに非がない分可哀想じゃないか?翔太の事凄く心配してんのに」 「それは……」  言い淀んだ翔太が、次に口を開いた瞬間翔太の部屋の扉がコンコンとノックされた。  肩を大きく跳ねさせて、翔太が叩かれた扉に勢いよく顔を向ける。 「はい」 「翔太君、今いい?」  翔太の声に問いかけの声が返る。翔太は扉と俺とを見比べて急に青ざめた。 「風馬さん?!来てたんですか。……今は友達がきてるから、そのっ」 「へぇ、お友達?いいじゃん。俺にも紹介して」  そう言って翔太の返事も聞かず部屋に入ってきたのは、父としては若く、兄としてはかなり年上に見える男だった。 「風馬さん、僕まだ何も言ってないのに」 「あーごめんごめん。でももう外暗いからさ、大丈夫かなと思って声をかけにきたんだよ」  そう言って部屋にズカズカと入ってきた風馬と呼ばれた男は翔太の隣へと腰を下ろした。 「翔太がお世話になってるね。君、名前は?」 「……如月詩音です」 「詩音君かー、カッコいい名前だね」  人当たりが良さそうに笑う風馬の隣で、翔太はソワソワと落ち着きがない。 「もう十八時過ぎちゃってるからね、ご両親心配してるんじゃないかな」 「それなら大丈夫です。俺両親いないんで」  両親がいないのは本当だが、心配してくれる人がいないわけじゃない。  ただ風馬と呼ばれた男にあまりいい気持ちを持てなくて、素直に会話をする事ができなかった。 「でも流石に十八時超えてるのは気づきませんでした。翔太、遅くまでごめんな。俺帰るよ」 「う、うん。その方がいい。風馬さん、俺翔太送ってくる」 「はい、行ってらっしゃい。詩音君良かったらまた来て翔太の相手してやってね」  翔太の部屋を出て、玄関へ。  そこでさよならかと思えばそのまま一緒に外へでてきた翔太に俺は振り返った。 「まだ春先だから、早く家に入らないと冷えるぞ」 「うん、ありがとう」 「あのさ、あの人翔太の何?」  どことなく、さっきよりも元気がないように見える翔太に俺は踏み込み過ぎかもしれないと思いながらも聞かずにはいられない事を聞いてみる。 「風馬さんは母さんの連れてきた人で。時々家に来るんだけど。……あの人がこない日を見繕って詩音君を呼んだのに。ごめんね」  なぜ謝られるの分からないけれど、きっと翔太は俺とあの人をあまり合わせたくなかったんだろう。 「謝る事じゃないだろ。あんまり仲良くねーの?」 「……どうだろうね」  そう言って顔を伏した翔太は再び俺を見た時、いつも通りの笑顔で俺に向かって手を振った。 「もう遅いから早く帰りなよ」 「うん。……また来ていい?」  何となく、もう駄目と言われそうな気がした。 「勿論。その時はちゃんと連絡してね」  意に反して翔太は了承してくれたけれど、俺に手を振る反対の手が太ももの横で握りしめられて少し震えてる事に気付いてしまった。
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