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 慌てて玄関に向かってドアを開くと、そこには美しい男性が立っていた。  年齢は二十代くらいだろうか。パーマのかかったダークブラウンの髪の毛に、エヴァンよりもずっと明るいスカイブルーの瞳。彫りが深く、青白いくらいに白い肌の欧米人だ。身長はほとんど俺と変わらなさそうだが、腰が細くすらっとした印象を受ける。スタイルを隠さない青いシャツにグレーのベスト、黒いスラックスでおしゃれに決めている。胸元には赤い石の付いた天秤のブローチをしていた。そして足元には大きめのスーツケースとワインバッグがあった。 「こんにちは。エヴァン様はいらっしゃいますか?」 「え、えっと……」  その口からでる流暢な日本語に戸惑う。落ち着いた物腰で問われて、素直に答えそうになるが、エヴァンの名前が出たことに違和感を覚えて口をつぐんだ。  ぱっとみは普通の人そうだけれど、青白い肌はエヴァンの雰囲気によく似ていて。  もしかしたら、この間襲ってきた奴らの可能性だってある。  そうでなくても、こんな昼間に訪れてくる日本語ぺらぺらの外国人なんて非日常的だ。 「あーっと、僕はルブロ・リブラのものです。そう、エヴァン様にお伝えしていただけますか?」  ルブロ・リブラというのは昨日エヴァンが言っていた、血液を供給している組織だ。とはいえそれが本当とは限らない。はいと言ったらエヴァンが居ることになるし、どうしたらいいんだろうと悩んでいると、何も知らないエヴァンが俺の後ろからやってきた。 「レオ、大丈夫か」 「あ、いや! 大丈夫だから!」  敵だったらまずいと押し返すがもう遅く。 「あぁ、ルブロ・リブラの」  しかし、顔を覗かせたエヴァンは、なんでもなさそうにそういう。 「はじめましてエヴァン・ホーク様」  青年はエヴァンを見ると目を見開き興奮した様子で、それでも丁寧に胸に手を当ててお辞儀をしてみせた。  恭しい礼は、まるで映画のワンシーンだ。 「堅苦しいのはよそう。名前は?」 「ロスとお呼びください。マクベス様より荷物を任されて、お届けに」 「早かったな」 「目立つといけないので今回はこちらのみで」 「あぁ、助かる」 「それと、ヴィンセント様の……」  ちらりとロスはこちらを伺う。それに気付くとエヴァンは「大丈夫だ、続けて」と促した。 「ヴィンセント様の情報ですが、所在の特定や詳しい情報はまだ調べがついていないのですが、ヴァイオリンのコンサートに足を運ばれていたとか」  ロスはそう言って肩を竦める。 「追われているというのに、随分度胸があるな」 「えぇ、ほんとに。ではまた他の荷物も持ってまいりますね。情報も入り次第、ご連絡いたします」  手早く、さくさくと会話が進んでいく。  マクベス、ヴィンセント……それに”エヴァン・ホーク様”って。  蚊帳の外で進んでいく会話には到底ついていけそうもなかった。 「こちらの近所は、まだ襲撃の話もないので外出も安心してよろしいかと」  襲撃――この間、エヴァンが襲われていたあれだろうか?  強い日差しに目を細めながら、ロスはベストの内ポケットから名刺とメモ紙を取り出した。 「こちらに僕がいる店の所在と連絡先を。それからこちらが他の周辺の店の場所です。くれぐれも内密に」 「あぁ、ありがとう」 「それで……」  ロスは名刺やメモを渡し終えると逡巡し、期待を寄せるような目線をエヴァンに送る。 「実は僕、エヴァン様のファンで……本当にお会いできて嬉しいです」  ロスはにっこりと微笑みかける。エヴァンとは別のタイプだが、笑うとどこか幼さも垣間見えてきれいな男だった。 「ファン?」  エヴァンは不思議そうにロスをみる。 「あの英雄のエヴァン・ホーク卿ですから。よかったら握手してもらえませんか?」  エヴァンは戸惑いながらも握手に応えた。ロスは嬉しそうに両手でエヴァンの手を握る。 「ありがとうございます! ぜひうちの店にきてくださいね。良い品を取り寄せてお待ちしてますから」  ロスは胸いっぱいと言った感じで、荷物を渡すと門を出ていってしまった。  話の内容はあまりよく理解はできなかったが、ひとつだけわかったことがあった。 「エヴァンって、もしかしてすごい人なの?」  彼を見上げると深い青色の瞳が遠くを見るように揺れて、ぱっとこちらを見下ろした。 「いや、話が大きくなってるだけだ」  それ以上は何も言わなかった。だからそれ以上は聞けずに、エヴァンの荷物を運ぶのを手伝った。

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