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多少の気まずさも掃除や料理に打ち込むうちに紛らわされ、あっという間に夜になった。
夕食の席で、エヴァンは昼間にロスから受け取ったボトルを開けた。そのボトルの中身はもちろん血液だ。渡したグラスが赤黒い液体で満たされていく。
自分の食事をつつきながら彼がヴァンパイアなんだってことをまじまじと実感した。
唇をつけて飲み込む様子をついじーっと見てしまった。
「ねぇ、その……血ってどこから?」
思わず頭をよぎった疑問を投げかける。
「……詳しくは知らないが、世の中、望んで血を差し出す人間もいる」
望んで、血を……。
想像もつかなかったが、そんな世界もあるのかもしれない。
「無理やり採ってたら、もっと騒ぎになっている。そうならないための機関でもあるんだ」
ヴァンパイアといえば当たり前のように吸血するもんだと思っていたけれど、エヴァンは慣れてないって言ってたなと思い出す。
確かに昨日のように、身体の自由を奪われて血を吸われたら、人間側としたらたまったもんじゃないわけで。
でも、それってすごく不自由だなとも思う。生きるための行動なのに。
喉を鳴らしてグラス一杯の血をエヴァンは飲み干した。
「おいしい……?」
グラスを離すと唇が赤く濡れて、生々しい。
「さぁ……ただの食事だ」
少し悩んでエヴァンはそう言う。食事、たしかにそうなんだろう。
けど、血を飲んで終わりってどこかさみしいような気がした。
スポーツトレーナーという職業柄、食事管理なんかも指導しているけれど、必要な栄養素だけを苦なく摂り続けていくのは難しい。
「食事は楽しまないと」
「楽しむ?」
「うん、生きるためだけじゃなくさ」
エヴァンは不思議そうに俺を見つめて、濡れた唇を指で拭った。
そして水を一口飲み、テーブルの上の料理を眺めた。
「ちょっとだけでも食べてみない?」
昨日もお昼に作った肉うどんを少しだけ食べてくれたから、今日もと思って。
「お前の夕飯だろ」
「そだけど、いろいろ食べてみてほしいなって考えてたら作りすぎちゃって」
ふんわりとしたしょっぱいだし巻きに、レタスとトマトのサラダ、味がしっかり染み込んだ肉じゃが、鶏肉とブロッコリーの炒め物……それから、欠かせない白米と味噌汁。エヴァンは料理の数々を見てふっと鼻で笑った。
「豪勢だとおもったら……そうか」
表情の乏しいエヴァンの笑顔にじわっと胸があったかくなる。
「じゃあ、少しだけ」
一応用意していたフォークを持つとだし巻きを一切れ刺し、口に入れてくれた。
それだけで嬉しくて口角が痛いくらい上がってしまう。
美味しいとかまずいとかよりも味や食感を確かめるように恐る恐る食べるのが、なんだか可愛くて。
きっと人間だった頃は彼も普通に食事していたんだろう。550年も前には。その長い長い途方もない時間で忘れてしまったそれを取り戻せるのかはわからないけど。彼がなにか感じたり感情を揺れ動かしてくれる、それだけで意味がある気がするんだ。
食事後、後片付けをしてリビングに行くと、エヴァンはぐったりとソファに身体を預けていた。
「大丈夫?」
「あぁ……」
食べすぎたのか苦しそうにしていた。
「食べるのも難しいもんなんだね」
「身体が慣れてないからだろう……」
「消化に良いもの用意したら良かったな」
エヴァンの横に腰を下ろして、心配で顔を覗き込む。
「わざわざ俺に合わせなくていい、お前の食べるものなんだから」
「でもほら、これからはエヴァンも食べるでしょ」
エヴァンはすこし呆れ顔で。でも薄っすらと微笑んで。
「あぁ、おもしろかった」
美味しかったではなく、おもしろかった。
それでも上々だよね。
「いつかおいしいになると、いいね」
テレビをつけるとドラマが放送されていてそれをみていた。
特に興味があったわけではなかったが出演してる俳優が渋くてかっこいいんだよなと眺めていると、ふと肩に重みを感じて、見るとエヴァンが寝息を立てていた。
お腹いっぱいで寝ちゃうって、子どもみたいだな。
思わずくすりと笑ってしまう。
表情が乏しくて分かりづらいけれど、思ったよりリラックスしてくれてるのかもしれない。
どれくらいこの生活が続くのかわからないけれど、今まで感じたことがないくらい胸を満たしてくれるこの時間が永遠に続けばいいのにと、重たいまぶたに抗いながら考えて、そしていつの間にか俺も眠っていた。
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