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◆エヴァン
目を覚ますと、レオの家のリビングのソファで、テレビにはニュース番組が流れていた。
「警察の調べによると3,40代の外国人男性を狙っての犯行が続いているとのことです。何らかの――」
隣ではソファの肘掛けにもたれてレオが寝息を立てていた。
どうやら、食事の後に眠ってしまっていたらしい。
十数時間のフライトに慣れない東京の町での襲撃と、怒涛だったここ数日の疲れもあるのかもしれない。
こうしてのんびりと身体を休められるのもレオのおかげだ。
無防備に眠る彼の、染められた栗色の髪の毛を撫でた。
「…………」
出会って間もない見知らぬ男を、昨日あんなことをした男を隣にして、それでもこんな油断しきっているなんて。
平和ボケなのか、純粋すぎるのか……。
それだけじゃない、いきなり間借りさせてくれという申し出もすんなり受け入れてくれた。
部屋の整理に食事まで気を使って、なぜそこまでするのか正直意味がわからなかった。
仲良くなりたいから……?
そんな子どもじみた理由で?
当惑しつつも、久々の他人との時間なのに、居心地は悪くない。
その事実に自分でも驚きを隠せなかった。
「続いては先日公開された映画に伴って、現代に残る陰陽師にインタビューを――」
テレビを消して彼を起こさないように、ゆっくりと抱え上げた。
人間の高い体温に深い寝息。
健康的な小麦色に焼けた肌、無邪気によく笑う幼さの残るその顔立ち。
朝から晩まで一人でよく動き回って、邪険にできないような人柄の良さがにじみ出ている。
時々、酷く色っぽい表情で俺を見上げるのが、情欲を掻き立てた。失っていたと思っていた欲や熱を呼び起こされるような感覚に、戸惑いを隠せなかった。
レオの寝室に連れて行くとリビングからの明かりを頼りに、彼をベッドに横たわらせた。
「んぅ……」
身じろいで、寝返りをうち、昨日噛みついた牙の跡が見えた。赤い点が2つと、染み出るようにうっ血したあと。
渇きを癒すため何も考えずに飲んでしまった彼の血液。
今日ボトルを開けて飲んだものと、レオの血の味は全く違っていた。
ベッドに手をついて、覆いかぶさるようにして彼の首筋を撫でる。
熱く、とろけるように甘くて濃い彼の味。
ここに流れている血潮。
頸動脈を確かめるように指を這わせると呼吸と微かに脈を感じた。
「っ、ぅわ……!」
その微かな刺激に目を覚ましたレオは、反射的に覆いかぶさる俺を突き放した。
怯えたような瞳と目があった。
「はぁ……あ、なんだエヴァンか」
すぐに安堵したように顔を緩ませる。
だが彼の恐怖に滲む表情が頭に張り付いて消えなかった。
「ごめん、びっくりしちゃって……エヴァン?」
そうだ、前にもこんな……。
恐怖と軽蔑で歪んだ顔。
震えた声。
”触れるな! け、獣!”
大の大人の男が涙を溢れさせて。
”あぁ、神よお許しを……”
恨みのこもった眼差し。
そうか、俺は彼を傷つけて……。
「エヴァン?」
ベッドの端に腰掛けたまま暗い記憶に支配される俺の手をレオが握った。
もうその顔に恐怖は微塵もなく、ただ心配そうに覗き込んできていた。
触れる手の温もりに少しずつ思考も落ち着く。
「……おやすみ」
そう声を絞り出し、レオの寝室をあとにして、すぐ隣の彼が用意してくれた部屋に向かった。
暗い部屋に月明かりが差し込んでいた。壁を背に座り込む。
もう何年も頭の隅に追いやっていた記憶をこんな時に思い出すなんて。
逃げ続けてもいくら忘れようとしても、忘れたと思っても……ふとした瞬間に罪が俺を責め立てる。
こんなに良くしてくれる親切なレオにあんな、……あんな顔をさせるわけには行かない。
一時の気まぐれや感情に流されてはいけない。
ぎゅっと掴んだ自分の腕の冷たさに空虚な感情が深まっていった。
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